ずっとこの先生に学びたい!ですか?

メンタル

大学、専門学校、習い事、セミナー、講座など、学びの場で出会った「恩師」の存在は、とても大きいものです。

人生が変わるような教えもありますよね。

それだけ、あなたにとっては素晴らしい師匠であり、人生に大きな影響を与えた人だということ。それ自体は、とても素晴らしいことです。

ずっと生徒でいたいですか?

しかし、もしかしたら

  • ずっと、この先生の弟子でいたい!
  • いつか先生が私のライバルになるなんて、そんな恐れ多い、もってのほか!

と考えているとしたら・・

先生を「超えてはいけない、恐れ多い存在」だと思っていませんか?

「先生を超えてはいけない」

すごい先生なのは解ります。実績も豊富で、たくさんの生徒を輩出して。人間的にも精神的にもすばらしい師匠。その生徒も次々と独立して、実績を出している。

 

だから、先生を超えるなんて、自分はまだまだ。
先生を超えるなんて、恐れ多い。申し訳ない。

もしそう考えているのだとしたら・・

 

この考えの根源にあるのが「親を超えてはいけない」という思い込みだと、私は考えています。

思い込み、つまりブロックとか、ビリーフとか、サボタージュという言葉でも使われていますが、ご自身がなじみのある言葉に置き換えていただきたい。

 

「えっ!なんで親が関係するの?」と思うかもしれませんが。

先生と生徒のように、一時的に誰かと「与える/受け取る」関係をもつと、自分の「親子関係」で作られた思考や思想、思い込みが、その関係に大きく影響することがあります。

  

どんな人間も、生まれたばかりの頃は、自力だけで生きていくことができません。親の助けや食べ物を貰わなければ生きていけませんよね。

なので、この頃の「親の力」というのは、赤ちゃんの自分にとっては、まさに生命維持装置、「絶対的な存在」です。非力だからこそ必要とする力です。

 

子供が成長するに従って、知恵もついてきて、外の世界を知るようになり、自分で出来ることも増えてきて、「親の力を借りなくても大丈夫」という考えに変わっていけば問題ないのですが(というか、人間はこうやって自立していくのですが)

  • 親が自分に力を貸してくれなくなるのではないか、
  • 自分をケアしてくれなくなるのではないか

という恐れが強く残ったままでいると、

「親に見捨てられないように、親の力をいつまでももらえるように、自分の力は親を超えてはいけない」と無意識に考えるようになります。

 

この意識が自分の心の奥深くにあると、

親の代わりに「与えてくれる」存在、つまり「先生」が現れたときに、無意識レベルで同じような思考がはたらくことがあります。

  • 自分は、この先生を超えてはいけない
  • この先生の保護下にいたい
  • 私は無力であるべきで、学びが必要だ

このように感じたことはありませんか?

「生徒に自分を超えさせまい」

で、この問題の厄介なところが、この「親を超えてはいけない」という潜在的な思い込みを、大人になるまでにうまく消化できていない人ほど、

親として、自分の子供にも自分を超えさせないように無意識下で願うことがあります。

自分の力を必要とされなくなったら、それもまた「見捨てられる」から。

なので、自分の力をいつまでも必要とするようはたらくのです。

 

先生と生徒の関係に話を戻すと、たとえば自分の講座やコミュニティーで、大きな成果を出したり、外で影響力をもつようになった生徒に激しく嫉妬したり、対抗心から急に権威を誇示したり、他にも行動は色々ありそうですが、

  • 「生徒に自分を超えさせまい」
  • 「いつまでも自分の力を必要とさせる」

という、無意識レベルの思い込みに支配されているのかもしれません。

その先にあるのは、共依存

「子に自分を超えさせまい」とする心理は、共依存の関係を生み出します。

いつまでも、自分の力の下にいてほしいと願うからです。自分がずっと必要とされるために。

 

先生の「無意識下の思想」って、生徒の思想にとても大きく影響します。
親子と同じで「与える/受け取る」の関係だからね。

思考や思想は、一緒に過ごす時間の長い人から影響を受けます。

「生徒に自分を超えさせまい」とする先生の下で学ぶ生徒もまた、「先生を超えてはいけない」という無意識下の思い込みを持つようになるので、

いつまでも自立できず、いや、自立したくないのです。対等な関係になろうとしない。

自立してしまったら「先生から与えられなくなる」「先生から助けてもらえなくなる」という思い込みがあるから。

 

言い訳が上手な大人になると、

「自分はまだまだ、実力不足だから、この先生に学ぶべきことがある」と、何年もずーっと同じ先生に、ずーっと同じようなことを学び続けている人がいます。

「学びが足りない」という大義名分を自分の中に持ち続け(なぜ足りないと感じるのかは考えない)、いつまでも同じ先生の「下」に居続ける。先生の目の届くところに居られて、仲間も似たような考えの人ばかりですから、居心地は良いはずです。

自立するつもりのない人ばかりの集まりは、共依存の関係で完結していきます。

自分の「依存度」を見分ける方法

では、自分がどれくらい「先生」に依存しているか、見分ける方法があるかどうか、検証してみます。

卒業すると不安になる

講座が終わり、晴れて卒業、カリキュラム終了!というときに、とても不安な気持ちになったり、疎外感を感じたりする。

その先生が新しい講座を作ったら、すぐに関わりを持ちたくなる人。

先生の目が気になる

講座、セミナーを卒業したあと、自分の言動を、特にSNSで発信しているときに「こんなことを発信したら、先生に何か言われるのではないか」いう気持ちになる人。

逆もありますね、先生が喜びそうな事ばかりを発信する「ゴマすり」タイプも、ここに該当します。

先生に疑問を持ったことがない

先生も人間です。

どれだけ知識や経験が豊富な先生だったとしても、生徒として

  • その考えは、自分と違う
  • その部分には、賛同できない
  • それは言い過ぎではないだろうか
  • それは、先生が知らないだけではないだろうか
  • それは、自分の方がよく知っている

などと感じる部分がどこかにあるはずです。(何でもかんでも疑え、ということではないですよ)

  • 先生のやり方や考えに、疑問が持てるかどうか。
  • 疑問を持つことに抵抗がないか。
  • いざとなったら、反論できるだろうか。

その先生になんの疑問を持ったこともなく、先生に反論なんてもっての外!という考えの人、いませんか?

学びの目的はなんなのか

ここで、断っておきたいのですが

「自立したいなら、学びの成果を出したいなら、今すぐ先生と、ケンカ別れしろ!」

と言いたいわけではないということです。

学んでいる期間は、大いに刺激を受け、知識や思想を吸収し、先生に食らいつく位がちょうど良い。問題はそのあと。「精神的な巣立ち」ができて、先生と対等な関係に戻っていけるかという点です。お互いに。

精神的に自立されている先生は「自分の教え子に、早く自分を超えてもらいたい」と願っている方も、多いものです。

そのほうが、自分のライバルになってくれて良い刺激になる。それはそれで業界全体に活気や新しい流れが生まれ、ひいては、社会にもっと貢献できるだろうと、高い視座での未来を考えているからでしょう。そういった素晴らしい理念をお持ちの先生も、もちろんたくさんいらっしゃいます。

良い先生をどう選ぶかも大切ですが、問題は、学ぶ側の人間が、どうなりたいか。なんのために、その先生から学ぶのか。何を得て、その後に何を成し遂げたいのか。そのビジョンをしっかり持って、学びにきているのかどうかという点です。

投稿者プロフィール

金城文乃
金城文乃
メンタルブロックを自信に変えて
やりたいことを堂々と実現する自分をつくる

ダイヤモンドメンタル・発掘コーチ

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