台風接近時のメンタルの保ち方(私の場合)

はじめに

筆者は防災や台風の専門家ではありません。ここで書いていることは、あくまで筆者個人の体質や思考、知識、経験をもとに個人的に実践しているもので、お読みになった方のメンタルや健康問題、防災に関するご意見やご質問などには応じかねます。最新の気象情報・防災情報については、公的機関の情報をご自身の責任で確認してください。

なぜ、メンタルを保つことが必要か

大きな災害が予想される時は、食料品や非常用グッズなど「モノを揃える」ことに視点がいきがちです。それも重要なのですが、何が必要か、必要でないかを素早く判断したり決断したりするには、健全なメンタルを保っている必要があります。

不安やパニックに陥った状態、人の意見に振り回されている状態では、まともな判断をすることはできませんし、それで逃げ遅れたり、怪我をしたり、犯罪に巻き込まれることもあります。

私は、普段は「コーチング」を通じて人の心、思考、感情に関わっています。その経験から言えることは、何をするにも「心の状態」が大きく影響しているということ。

命の危険が高くなる災害時は、普段やらないことをやったり、決めたり、中止したりと、選択・決断・実行の連続です。その時に最も必要なのが「自分の心を守ること」だと感じているからです。

SNSを見過ぎない

災害時に、私が最も観察し、自身も気をつけていることの一つが、SNSの使い方。

東日本大震災ではTwitterが情報インフラとして活躍したこともあり、防災情報もSNSから得る時代になりました。しかし使い方を間違えると、体や命に関わる危険なツールになりえると考えています。

「SNSを使わない」のではなく「距離の取り方」が重要。それは2つの理由があります。

理由その1 自分の感情を守るため

災害のような非常時になると、SNSに流れる情報の「質」が普段よりも玉石混淆になる上、発信する人間の感情で溢れます。

恐怖、不安、怒り、興奮、錯乱による笑い、悲しみ、妬み、愉快犯(わざとデマを流すなど)など、言葉や画像を通じて、知らない相手の不安定な感情まで無意識に受け取ってしまいます。これが続くと、心が消耗し、やる気が出なくなったり、体調を崩してしまうこともあります。

 

  • 災害現場などの野次馬的な写真を載せる
  • わざわざテレビ画面を撮影して頻繁に投稿する
  • ソースの不明な情報を、感情的なコメントを添えてシェアする
  • 他人の行動を批判する、見下す

SNSの使いかた、発している言葉ひとつで、その人の人間性や知性までもが容赦なくあぶり出されるのが非常時。

コーチ、カウンセラー、コンサル、セラピストなど、ふだん「心の専門家」を名乗っているプロの方ですら、非常時になると豹変してしまう人が一定数います。心や脳のお勉強はできても、メンタルや情報リテラシーがその程度であれば同業者として怒りを禁じ得ませんし、視界から非表示にせざるを得ません。

災害時は、善悪の判断をすっ飛ばして、自分の見たもの聞いたものを「誰かの役に立つかもしれない(役に立ちたい)」と良かれの精神で発信する人が少なくありません。実際に役立つことも、誰かの命を救うこともあるでしょう。しかし、受け取る側は本当に必要なものだけを選ぶ必要があります。

その情報は、今、本当に知る必要があるのか?
自分が言う必要があるのか?
その問題を、自分の問題として考える必要があるのか?

これを常に考えること。親しい友達や、尊敬する人の投稿なら尚更、吟味すべきです。

  

SNSとうまく距離を保つことは、自分や家族の命を守ることにつながります。ただでさえ、自分や家族の命を危険から守らなければならない時に、自分のタイムラインで自分が疲れてしまうなんて、本当にバカバカしいので、自衛しましょう。

 

警報が発令されている間など、危険な状態から抜けるまでは、

  • 家族、連絡の必要な友人など、SNSでやりとりをする人を絞っておく
  • 気象情報機関(気象庁、ウェザーニュースなど)、自分の住む市町村の防災アカウントなど、本当に必要な情報のみを見るようにする
  • SNSを見る時間を決めるなど、ルールを決める
  • 特定のアカウントが情報を更新した時だけ、SNSの通知をONにしておく

という行動を取られることをお勧めします。

 

危険が過ぎ去ってからもしばらくの間、SNSの使い方に注意されることをお勧めします。大きな災害になった時は、犠牲者、行方不明者に関する情報や報道が増え、そこに乗っかった感情的なコメントや、ニュース記事のシェアが爆発的に増えます。

これらをまともに受け取り続けていると、心の疲労を起こしやすくなります。災害のニュースを見すぎて心身の不調を起こす「共感疲労」がこれにあたります。

【参考】災害報道を見て苦しんでいるあなたへ:北海道地震と共感疲労

理由その2 情報の取捨選択が命に関わるから

災害時、SNSとの距離を保つ理由。それは「情報の取捨選択ができるかどうか」が命に関わるからです。

特に大きな災害が迫っている時、災害が発生している時ほど、人は様々な感情が沸き起こり、それを情報に乗せて発信します。「自分も何か言いたくてたまらない」「誰かと常につながっていないと不安」という人も多い。

そんな状態になっているSNSで情報を浴び続け、自分のメンタルを消耗させてしまうと「何が正しい情報か」「何が必要か」判断しにくくなります。

 

たとえば「24時間の予想雨量が400ミリを超える」という同じ情報に対して、

Aさんは「これは危険な状況になる」と感じ、
Bさんは「大したことない。騒ぎすぎ」と感じ
Cさんは「これはデマだ」と感じるかもしれない

一つの情報に、個人の情緒や主観が乗っかった状態で流れてくることが多いのがSNSです。それを自分のタイムラインで浴び続けていると、何が正しくて、何が間違っていて、自分には何が必要なのか、今、必要なのかどうかすら、ぼやけてわからなくなっていく。

つまり、自分にとって必要な、次の行動を決めるために必要な「判断力・決断力」そのためのエネルギーをどんどん消耗します。「自分が危険な状態にある」ことすら、認識できなくなるので、自分や家族の命にかかわります。

 

災害などの非常時に必要なのは「何をやらないか」を決めること。SNSにおいても然りで、あらゆる情報がどれも必要と感じてしまいますが、「何を見ないか」を決めることは、自分の心を守るための”防災”です。「見ない勇気」「知らなくても良い勇気」「不必要に関わらない勇気」というものが必要だと考えています。

 

その発言「正常性バイアス」入ってない?

防災の準備や作業、避難行動って基本的に「面倒なもの」が多いんです。
「本当に起こるかどうかわからない」ことに備えて体力やお金を使うわけですから「やるのが楽しみになる防災」なんて、基本的にありません。

その面倒なことを「やりたくない、損をしたくない」その心を正当化しようとするのが「正常性バイアス」です。

自分の正常性バイアスに気づくのは簡単なことではありませんが、「自分にもあるかもしれないな」「これは正常性バイアスかもしれない」と認識してみることが第一歩。

正常性バイアスについては、日常にも応用できる興味深い分野なので、コーチング視点から、別記事で書きたいと思います。