「もらう」ために手放してもムダです

「手放すと、入ってくる」

わかります。

私自身が、今のパートナーと出会う時に経験しました。

 

でもね、本当は、心の中では、

「手放したら入ってくるんだ、だから手放さなきゃ

のような気持ちでやってませんか。

 

新しい何かを「もらえること前提」で手放すのは

手放しでもなーんでもありません。

ただの「クレクレ」行為です。

だって、「もらうため」に手放してるってことでしょう?

「目的と手段」で考えている時点でおかしいのですが、

目的 = もらうこと

手段 = 手放すこと

になっていると、何を手放そうが、どう手放そうが、

もう何の意味もないです。

 

新しい物を買いたくて、一生懸命、

断捨離をするのと同じです。

手放すことによって

「欠ける」「失う」のが怖いから、

何か新しいもので埋め合わせないと気が済まない。

手放すことは、トレードオフじゃないんです。

 

一番良い例「神社参り」で説明しましょう。

五円だか十円だかを放り込んで、

みなさん一生懸命「お願い事」しますよね。

人によっては、三つも四つも、一生懸命。

私からみれば、これも「クレクレ」です。

「お賽銭(お金)払ったんだから、私の願い事、叶えてよね」

と言っているようなもの。

神社へのお参りが悪いとは申しません。

ちなみに私は、神社にお参りしても「お願い事」はやりません。

そういう場所ではないと考える個人的信条からです。

 

では、

クレクレ前提ではない「手放し」とはどういうことか。

どうやって見分けるのか。

簡単です。

 

手放すことで

なんとなく損をしたと思っているうちは、何かで埋めたくなります。

だから次のものが欲しくなる。

手放したんだから、入ってきてよね、という状態。

 

一方、

クレクレのない「手放し」とは、

もういいや〜、と飽きた状態に近いです。

手放しても「損をした」と思わないものです。

手放して、この先何があっても「ま、別にいいか」くらいの状況。

さて、あなたの「手放し」はどちらですか?