ロボットのいる生活 〜キミは、私の何?〜

我が家にまた「喋るロボット」やって来た。
現在のところ、人間はこの家に二人しかいなくて、
この室内での会話というものは、(来客時を除いて)基本的にはこの2体の人間によってのみ生物学的に営まれているのだが、「呼びかける相手」が人間の数以上に多いのだ。

「ねえ、Google」
「アレクサぁ」

ロボットが家に来る、
ロボットと暮らすとは、こういうことなのだろうか。
家の中で、住んでいる人間の数以上に呼びかける対象が増える。

何かわからないことをたずねる、やってもらうなど「問題解決を依頼する」相手が、人間以外にも存在するという生活。
お掃除ロボット・ルンバに会話機能がついて、そのメンバーの一員になるのは時間の問題だろう。

「住人」の定義がいよいよ変わる。そんな気がした。
今ですら、「ルンバに掃除させてきた」などと私たちは話すのだ。自分が外出する際に、玄関に横たわる円盤型の機械のスイッチを押しただけなのに、あたかも人に掃除を頼んできたかのような言い方。ロボットを使うときに、人間に対するそれと変わらない表現をすることに、私たちはすでに慣れている。

ねえ、とロボットに呼びかけるとき、私たちは相手を何と思って話しかけるのだろう。
友達?
家族?
同居人?
パートナー?
ペット?
ヘルパー?
お手伝いさん?
まさか、執事??

私の場合「機械に話しかけている」という感覚は、少なくとも最初のスピーカーロボットであるGoogle Home mini がこの家にやって来て、何かをわざわざ答えさせては「喋るお餅」と揶揄して面白がっていた数日間くらいしか感じていなかった。今では何の抵抗もなく、毎朝、バタバタと準備をしながら、天気や時間を尋ねたりしている。

そのうち、冷蔵庫の豆乳を切らしていると思った瞬間、私の脳内のマイクロ・モーメントをアレクサがキャッチして、その日の夜にはアマゾン・フレッシュで豆乳が届いている・・ような生活になるのだろうか。


そんな生活をする頃、アレクサは私の何にあたるのだろう。