【書評】「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる

年間1000万PVを誇るプロブロガー・立花岳志さんの新刊

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたにお金が降ってくる

の書評です。大半が自分の行動のための分析になっています(笑)

この本、単なる情報発信ノウハウ本ではありません。

Facebook、Twitter、ブログ、Instagramなど、何らかのSNSで発信をしている人、これからしてみようと思っている人も、ぜひ手にとって頂きたいと思います。

情報発信とは?

友達限定投稿、内輪話は情報発信ではない。

情報発信とは、誰かの役に立つ、価値があるものを提供すること。

頭ではわかっているけどね・・・という声が千人くらい聞こえてきそうなので、ここは私なりにイメージしてみました。

(ロジックをイメージに置き換える。本からの学びを自分の行動に落とし込む上でも重要なので、本や論文を読むときはよくやっています。)

 

情報発信をするときは、「誰か役立ちそうな人に届けたい」。そんな思いがあるから、願いのベクトルが自分から外側に向かって開いている。

一方、交流投稿をするときは、「自分はこう見られたい」という気持ちが無意識下で働くため、願いのベクトルは自分へ、内側へ向かっている。

 

だから、

情報発信をするなら、視線は「世界のどこかで読んでくれる誰か」へ向けて書くこと。

自分の視線がどっちを向いているかを意識してみるだけでも書く内容が違ってくると思います。

 

ここで「こんな情報、誰かの役に立つのか?」という葛藤とエンドレスにダンスすると思いますが、それは読んだ人が決めることなので、こちらで悶々と悩んでいても、答えはきっと出ません。

それよりも何よりも「まずは出してみる」。立花さんは情報発信の習慣化のコツとして「質より量より更新頻度」を挙げています。

好き→得意→強み→お金 のスパイラル

強みは、好きなことから生まれる

逆に言えば、自分の強みは「好きなこと」の中からしか生まれないということ。

自分の強みがわからない、という人はとても多いけど、自分の強みを見つけたいなら、まず好きなことを何でもやってみること。

ところが、「自分の好きなことすらわからない」という人も非常に多いんです。

私自身の経験から、
「やるべきことが先。好きなことをやるのは後」という我慢人生歴が長い人ほど、自分の好きなことすらわからなくなっている気がします。

そんな人に「あなたの好きなことはなんですか?」と聞いても、すぐには出てこない。だから紙とペンを与えても、きっと何時間も何も書けないまま、頭を抱えてしまう。無理もないことです。理由は何であれ、ずっと封印してきたんだもの。脳が考えることを拒否してしまっている。

 

「好きなこと」がわからないなら、「好きではないこと」「やりたくないこと」からアプローチするのも一つの方法です。ネガティブな考えに見えますが、人間は「嫌い、やりたくない」ことの方に、その人本来の願いや価値観が現れます。

 

「好き」を発信し続けるうちに「得意」になり、それを尖らすと「強み」になって、必要としている人から求められ、お金になる

 

このスパイラルに乗りたいなら、まずは自分の「好き」を見つけることと同時に、それが好きな自分も認めてあげること。好きなことにしろ、強みにしろ、経済的にも十二分に発揮できている人は、この辺りの自己肯定感がとっても強い。

「強み」を損得勘定ベースで作っても続かない

自分の黒経験が蘇ります・・・情報発信をするとき「この分野は儲かるから」「アクセス数が稼げるから」という理由で、好きでもない分野の記事を延々と書いても、ちっとも楽しくない。楽しくないので、続かない。

これまたコーチングでの話になりますが、「自分の得意なこと」は見つかっても、実は「それが好きとは限らない」というケース、けっこう多いんです。

「何々が得意です」と言うので、それ好きなの?と聞くと、「うーん」という反応が少なからずある。自分の”CAN”をたくさん挙げられる人は多いのですが、「それが好きなんですか?」と聞くと「はい」という答えがまっすぐ返ってこないことが多いのです。要はあまり好きではない。

で、よくよく掘り下げてみると、儲かるから、給料がいいから、就職に有利だから、評価が上がるから、親が喜ぶから、すごいと言われたいから、といった「損得勘定」でやってるうちに得意になった、というケースが多いんです。

できるけど、別に好きではない。これだと「強み」にはなれないんじゃないかな。

「あぁ、自分はこれが好きだ」と心から感じられる瞬間があるか?

自分の強みは「これまでにやったことのあることで、なおかつ好きなこと」の中にこそ見つかる。「ないから作る」ではないのです。だったら、ここを徹底的に掘り下げれば必ず見つかるということ。こう考えると、今までの人生を振り返るのが、宝の山に行くような気持ちになります(笑)

まずはここまで。

いくらでも思考が深まる本

実は書評としてまだ書き殴ったうちの半分なのですが、この本、読み返せば読み返すほど「自分のことに置き換えたらどうか?」が出てきて、書評だけで本が書けそうな勢いです。

個人名、会社としてに関わらず、ネットで何かを発信したことのある人、発信するからには成果を出したいと考えている人なら、一度は読んでみることをお勧めします。

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたにお金が降ってくる

「もらう」ために手放してもムダです

「手放すと、入ってくる」

わかります。

私自身が、今のパートナーと出会う時に経験しました。

 

でもね、本当は、心の中では、

「手放したら入ってくるんだ、だから手放さなきゃ

のような気持ちでやってませんか。

 

新しい何かを「もらえること前提」で手放すのは

手放しでもなーんでもありません。

ただの「クレクレ」行為です。

だって、「もらうため」に手放してるってことでしょう?

「目的と手段」で考えている時点でおかしいのですが、

目的 = もらうこと

手段 = 手放すこと

になっていると、何を手放そうが、どう手放そうが、

もう何の意味もないです。

 

新しい物を買いたくて、一生懸命、

断捨離をするのと同じです。

手放すことによって

「欠ける」「失う」のが怖いから、

何か新しいもので埋め合わせないと気が済まない。

手放すことは、トレードオフじゃないんです。

 

一番良い例「神社参り」で説明しましょう。

五円だか十円だかを放り込んで、

みなさん一生懸命「お願い事」しますよね。

人によっては、三つも四つも、一生懸命。

私からみれば、これも「クレクレ」です。

「お賽銭(お金)払ったんだから、私の願い事、叶えてよね」

と言っているようなもの。

神社へのお参りが悪いとは申しません。

ちなみに私は、神社にお参りしても「お願い事」はやりません。

そういう場所ではないと考える個人的信条からです。

 

では、

クレクレ前提ではない「手放し」とはどういうことか。

どうやって見分けるのか。

簡単です。

 

手放すことで

なんとなく損をしたと思っているうちは、何かで埋めたくなります。

だから次のものが欲しくなる。

手放したんだから、入ってきてよね、という状態。

 

一方、

クレクレのない「手放し」とは、

もういいや〜、と飽きた状態に近いです。

手放しても「損をした」と思わないものです。

手放して、この先何があっても「ま、別にいいか」くらいの状況。

さて、あなたの「手放し」はどちらですか?