コミュニケーション

自分に向けたことのない問いは、人にも使えません

「なぜ、それをやるんですか?」
「それをやったら、どうなりますか?」
「あなたを突き動かしているものは何ですか?」
「それをやめたら何が残りますか?」

コーチングでも、カウンセリングでも、コンサルでも、
ワークショップや会議でも、
対話を通じて、相手の問題解決や発展を目指す場に、
問いはつきものです。

というか、
問いがあることで場が成り立ち、場に命を吹き込みますね。

たくさん質問すればいい、というものではなく、
問いの質を高めることは、
場づくりにも繋がりますので、
対話を仕事にする者にとっては、一生の課題です。

1つの質問で、人生が変わってしまうことすらあります。

 

良い問い、
人の心をぐっと動かす問い、
影響力のある問いというのは、

誰が使っているか
どんな本に載っているか
どんな時に使うか、
などは関係ありません。

逆に考えれば、
誰でも「良い問い」を出すことができます。
訓練を積めば、問いの出し方も磨けます。

 

ただし、
その問いがどれだけ相手の心に響くか、
その場を動かすエネルギーになるか
というのは、

「その問いをどれだけ自分に使ったことがあるか」
「その問いの答えを求めて、どれだけ自分で試行錯誤したか」

にかかっていると思います。

正しく答えられるかどうか、
正しい答えを知っているか、ではありません。
答えの有無も重要ではありません。

 

自分に使ったことがないのに、

教科書に書かれていたから、
コミュニケーションの本に
書かれていたから、
みんなが使っているから
使うとそれっぽくなるから、
こういう時にこう使うといい、と聞いたから
講座やスクールで習ったから、
著名な先生が使っていたから、

という理由だけで出てきた問いは、とても浅い。

なぜなら、問う側の実感を伴っていないからです。

その問いを出すタイミング、
その問いの重み、
その問いの深さ、
それを問う勇気、
問いに答える難しさ、
答えをめぐる試行錯誤、
問われたときの衝撃、
それを受け入れる覚悟、
その問いに答えていく勇気、
その問いに答えをもつ責任、
・・・・
というのは、

自分自身が問われたことがなければ、
体感できないものだからです。

それがわからないまま
相手に使ったところで、
表面的には対話がうまくいったように
見えたとしても、
たくさんのマニュアルが必要になるでしょうね。

次はこう聞かなきゃ、
こう答えられたら、こう問わないと。
こういう時には、こう聞かなきゃ。

そして相手が想定外の答えを出したら、
シナリオ通りにいかなくなりますから
だいたいそこで詰まります。

「次は何を聞けばいいんだ・・」とね。

 

要は、
自分に使ったことのない問い、
自分が問われたことのない問いを人に使っても、
単なる質問で終わってしまいますよ、
ということ。

これは
「自分の中に正しい答えを持っている問い以外、相手に使ってはいけない」
などという話ではないです。

 

コーチングやカウンセリング、対話を学び始めたばかりの頃は特に、
習ったことをひたすら使ってみる訓練も必要ですので
「問うタイミングも、パターンも、教科書そのまんま」
という状態なのは仕方のないことです。

むしろ、その状態を一刻も早く抜け出すために特訓を重ね、現場で実践するのです。

 

ところが、いつまでたっても
「自分に向けたことがない」問いを使うのは、お勧めしません。
問う側も問われる側も、お互いに良いことがありません。

 

対話やコミュニケーションを仕事にしている人は特に。

ぜひ、自分に問いかけましょうぞ。
あなたの問いの「質」を高めるために。

問いの質が高まることで、
あなたの仕事の質や、相手からの信頼を高めることに
必ずつながっていきます。
問いは、相手があって成り立つものだから。

 

私は毎日、自分にたくさん問いかけます。

今なぜそう思ったのか?
この現象のメカニズムは何か?
なぜそういう反応をしたのか?
心がザワついたのは何に対してか?
ここから学ぶべきことは?

問うてるうちに1日が終わってしまうくらいです。
スマホのメモも追いつきません。

自分に常に問いかける習慣をつけると、
問いの引き出しが増えるだけでなく

人とのコミュニケーションの質も変わりますよ。

人に問うのと同時に、
自分にたくさん使ってみましょう!

質問力やコミュニケーションの本、
コーチング、カウンセリングの教本を買った人は、
その本に書かれている「問いリスト」などがあれば、
その問いをまず全て自分に向けてみることをお勧めします。

 

一番の近道は、

自分に問うてくれる相手をもつことです。

友達や家族でもよいけれど、
予定調和な問いを期待できない相手の方が、
「うぐっ・・」と深く考える力がつきますし、ご自身の問いの幅や深さを一気に広げてくれます。

コーチングを定期的に受ける醍醐味も、そこにあります。
しっかりと訓練を受けたプロコーチは、「問いのプロフェッショナル」。

私自身、コーチングを仕事にしている現在も、尊敬するベテランコーチから定期的にコーチングを受けています。

試行錯誤しながら人生を磨き続けることを楽しみ、「問う問われる」筋力を日々鍛錬しています。

問いのある豊かな人生に、コーチングは最適ですよ。

価値観の違う親と、どう向き合う?

自分の親や、年配の親戚と話をすると、家庭、食事、働き方、お金など、「価値観が違うなー」と感じる時はいくらでもあります。

「みんな違って、みんな良い♬」で終わればよいですが、それだけでは済まないのが、親子の会話。帰省のたびにあれこれ言われたり、聞かれたり。

お盆や正月、会うたびに年老いて小さくなっていく親に寂しさを感じつつも、口をひらけば喧嘩や言い争いになってしまう、という人もいるでしょう。

私のコーチング・セッションでもたびたび出てくる「親子の価値観の違い」問題。今回はこのテーマに、私の経験や実践にもとづいた、会話やコミュニケーションの面からのアプローチをしてみたいと思います。

まずは、私の実例から。

夫の健康管理は、妻の仕事?

私の夫は、食べる量が多い人間なので、見た目「食べっぷりがいい」と言えばそれまでですが、しばしば食べすぎてひっくり返っています。

私の母親がそれをLINEで見て「奥さん(つまり私)がしっかり健康管理しないとね!」と言うことがあります。ここで私は違和感を感じるのです。

夫の健康の管理は、妻である私の仕事なのか?
子供ならいざ知らず、自分の意思で病院にも行ける、立派な大人じゃないか。

そんな言葉ひとつで目くじらを立てるなんて、と思わずに。自分の中に湧く小さな違和感って、無視しちゃいけないんですよ。

悩むまでもなく、「男は外で働き、女は家で家庭を守る」という大前提のもとで、それで社会も経済も家庭も(なんとか)うまく回っていた時代を生きてきた、母親の価値観が現れています。

夫婦は、現代よりも「完全分業化」していて、「24時間戦える夫の健康管理は、専業主婦である妻の仕事」という考え方を、私の母親も当時なりに納得して、自分の使命として家庭を営んできてくれたのだと思います。その生活の中で私や妹が生まれ、育ててくれた事実もあるので、母親への感謝の気持ちもそこにはあります。

でも、今の私と夫は共働き。働き方も違い、ご飯が三食別々になることもあるし、寝る時間、起きる時間だって違う。加入している健康保険だって、別々です。このように、自分の親たちとはすでに異なる働き方、生活スタイルを積み上げている以上、自分の親と価値観が違ってくるのは自然なことです。

価値観が自分のものと違うからといって、どちらが良い悪いの話ではないのです。

さて、ここからです。価値観の違う人とうまくコミュニケーションをとる上で、「正論だけど、使わない方がいい」言葉がありますので、代替案と共にご紹介したいと思います。

「時代が違う」「価値観が違う」では解決しない

親の価値観でものを言われたとき、異なる価値観をもつ子供が真っ先に言いたくなるのが、この言葉ではないでしょうか。

「お母さん(お父さん)たちの頃とは、時代が違うんだから」

私もかつてはよく使っていました。が、この発言をすることで、その場の空気が良くなることはなかったと記憶しています。

親とは、時代も価値観も違う。確かに事実だし、正論ですから、これを論破のためにバシッと使いたくなる気持ちはよーくわかります。

でもこれ、言われた側は、決して良い気持ちにはなりません。あなたとは違う、と言っているつもりでも、自分たちが時代遅れなのか、価値観が古いのかと感じたり、今まで生きてきた人生や時代を否定されているような、悲しい気持ちになるんですよ。

親によっては、子供がそんな生意気を言おうもんなら「時代なんて関係ない!これは常識だ!」などと意固地になってしまい、親子関係がますます険悪になってしまうこともあります(これ、20代の頃の私なんですが)

流石にここまでくると、親の側にも、そろそろ手放した方がよいものがあるのですが、この点はまた別の機会に書きたいと思います。

親にどう感じてもらいたいか

だからといって、自分を親の価値観に合わせる必要もありませんし、あなたはあなたの価値観を貫いて生きてよい。親と価値観が異なることに、罪悪感を感じる必要もありません。

価値観の違うもの同士のコミュニケーションにおいては、相手に違和感を感じた時に「相手を自分の価値観に合わせようとする」防衛本能のようなものが、人間にはあるのかもしれないと思っています。

親にも、自分にも、そういう部分があるんだな、と思うようにするだけでも、親との会話のしかたが少し変わります。

 

それでもやっぱり「私の価値観はこうなの!」「俺はこうするから!」と親に言いたくなることがあるでしょう。それは良いことだと思いますし、自分で自分のことを決めている証。

私もそういうタイプなのですが、ただガツン!と言うだけでは、やはり「対立」になってしまいがちなので、できるだけ親にもメリットを感じてもらえる言い方を、長年研究してきました(笑)

先述した「夫の健康管理は妻の仕事」という親の価値観に対しては、

「私が病気や災害にあって動けなくなっても、夫が自分で食事や健康管理ができて、非常時でもどちらかが元気でいられるように、普段から健康管理はお互い自分でやるようにしているよ」

と返しました。

妻だって、常に元気でいられるとは限らない。特に、災害の多い昨今、専業主婦として家に居たって、いつどこで災害に巻き込まれるか、事件や感染症に巻き込まれるか、誰にもわからない時代です。

夫にはいつも健康で元気に生きてほしいという妻としての愛情があるからこそ、お互い自分でやれることは自分でやろうね、でも、出来ない時はお互いカバーしようね、というスタンスであることを伝えています。

さらに「お互い忙しいから、お互いの体のことはいつも気遣うようにして、感謝も伝えているよ」とフォローすれば、納得してもらえるかもしれません。

要は、

「自分と異なる価値観であっても、それで成功例があり、うまくいっている」
「妻として、ちゃんと夫への愛情がある」

ことを示して、安心してもらう。

私の親の例でいうと、「うまく行っているなら、それでいいのよ」とあっさり会話が終わることもあります。価値観が親と子でガラッと変わるような、変化の激しい時代であっても、子供はその時代に合わせてたくましく生きているのね、仲良くやっているのね、と思えたら、親として安心できるのかも。それをコミュニケーションの中で感じてもらえるように伝えるのが、ベストではないかと思います。

親や祖父母の世代の中には、現代の「なんでもかんでも自己責任」的な風潮に、違和感や寂しさを感じている人がいるのも事実です。夫婦間まで「健康管理も食事も自己責任」という雰囲気を感じると、つい自分たちの経験を伝えたくなるのかもしれません。

親の価値観は、親のもの

究極のところ、これです。逆を言えば、子供の価値観だって、未成年だろうが赤ちゃんだろうが、その子のものです。

「これが難しいから、悩んでるんじゃん!」という声が聞こえてきそうですが、コミュニケーションの問題は、コミュニケーションの実践でしか解決できないんです。本だけ読んでも実践しなければ、何も変わらないのと同じです。

親との価値観の違い問題については、子供はとかく「親の価値観は古い」という前提で言葉を進めがちになります。事実、今の時代にそぐわないものだとしても、親の価値観は、親のもの

子供の自分が変えてやろう、などと思うのは、相手をコントロール(支配)しようとすることに他ならず、相手への潜在的な恐怖の裏返しでもあります。帰省のたびに価値観マウンティングをし合っていても、親子で過ごせる生涯の残り時間は淡々と減っていくだけです。

この人は、こういう価値観で生きてきたんだな、こういう時代だったんだな、とまず受け止め、尊重する。その上で「でも、私はこうする」と切り分ける。親子であっても、あなたはあなた、私は私。それでいいのです。

 

それでもなお、親が過度に干渉してきたり、自分が親の言葉にものすごく影響を受けているな・・と思うことがあれば、親とのコミュニケーションにおいて、何が本質的な問題になっているかの整理が必要になってきます。悩む時間を少しでも減らしたいなら、第三者の力を借りるのが一番です。

そんな時に、コーチングがお役に立てるかもしれません。私自身、コーチングを受けるようになってから、親との関係やコミュニケーションを、より良い形に立て直すことができた一人です。