怒りのコーチング

私自身が、コーチング・セッション中に怒ることはまずないです(今のところ)

ただ、セッション中に、クライアントさんに敢えて「怒ってもらう」ことがあります。

「怒り」は、アドラー心理学の言葉を借りると「目的を持った二次感情」なので、その奥では必ず「一次感情」がシグナルを発している。

長年、怒りに蓋をしたり、我慢しつづけてきたことで、自分の本来の願いや感情がわからなくなってしまった、

という方がセッションに来られることも多いので、それなら、あえてこの場で怒りという感情を、極限まで味わってもらい、その奥にある「本来の感情」を見に行こう、という試みです。

本気の、煽り

コーチである私は、あえて「クライアントの怒りの対象」として振舞うこともあります。

それは上司かもしれないし、友人や親かもしれない。

それはもう、なりきります(笑)

コーチとしてのニュートラルな状態は訓練で叩き込まれているとは言え、

直感をフル稼働して、深い傾聴状態に居続けると、怒りの対象の感情が、本当に自分の中に湧いてきたりします。

そこに遠慮はいりません。

怒りの度合いによっては、クライアントさんは、私に罵声を浴びせたり、殴りたくなったり、胸ぐらを掴みたくなることもあるでしょう。

それでもいいと思っています。

(もちろん、命に関わる危害は加えない、借り物は壊さないという双方の合意のもとに、このセッションをやっています)

それくらい、コーチが体を張って場を創る覚悟が無ければ、コーチングなんてできない。

ふんわり当たり障りのないことしかできないコーチングなんぞ、私はやらない。

そういう「ガチ対ガチ」の場が好きなんだと思います。

この、傍からみたら「体育会系」なコーチング精神。教えてくれたのは、まだコーチング訓練コース真っ最中の、ある出来事でした。コーチとしての転機となった話でもあるので、また別で書きたいと思います。

場所がない!

とはいえ・・・コーチングの会場は、カフェやラウンジ、コワーキングスペース。

いくら人の少ない店内で、

「コーチングセッション中」というこちらの都合をかかげたところで、

店内に怒鳴り声や罵声が響いたら、さすがにお店やお客さんに迷惑をかけてしまいます。

(殴りかかっているところを目撃されたら、通報されるかもしれませんね・・・まだ前科はないけどw)

なので、このワークを思いっきりやれるコーチング場所を確保するのが、喫緊の課題。

日比谷公園サイズの公園とか、河川敷かな?

コーチングに限らず、セラピーでも、カウンセリングでも良いので、「体を思い切り動かすワーク」「大声を出すワーク」・・などなどを東京都内でやったことがある方がいたら・・・お勧めの場所、ぜひ教えてください!

「怒りのワーク」について

この「怒りを限界まで出し切る」ワークですが、全てのクライアントさんに必ずやって頂いているものではなく、

必要に応じて、コーチとクライアントさんとの間で、しっかりと目的を確認してやっています。

例えば、コーチングの中で「怒りの封印」がクライアントのエネルギーを止めているな、というところにきて、初めてこのワークを提案し、互いの意図と目的を確認したうえで、実施します。

ですので、ただ単に「怒りをぶちまけたい」「大声を出してスッキリしたい」という理由でコーチングを申し込まれても、コーチングのご提供そのものをお断りすることがあります。

コーチングはストレス発散のためのものではなく、「よりよく生きるための対話と行動」が原則です。

わかりやすく伝えることの原点

コーチングという言葉も、少しずつ認知してもらえるようになってきましたが、まだまだご存知ない方もたくさん。

言葉は知っていても、「実際、何をするのか」という話になると「良い解決策を指導してくれるんでしょ?」という感じで、プロスポーツにおける「コーチ」と同じく「指導者」のようなものだと思われることも多いです。

認知度が低いのは、もちろん私たちコーチ側がちゃんと「伝えていないから」であって、知らないことが悪いことなのではありません。ご安心ください。

その専門用語、誰のため?

さて、そのコーチングにしても、カウンセリングやセラピー、コンサルテーション・・と広げれば広げるほど、「援助職」業界は、なんと専門用語に溢れていることか、と思います。

専門用語を使うことが「良くないこと」なのではありません。

ただ、言葉は知らないが、サービスを必要としている人に「どういうものか、理解してもらう」ために常に努めることは必須です。

「わかる人にだけ、伝わればいい」という姿勢では、お友達サービスで終わってしまいますから。

 

たとえば「セッション」という言葉。

私のコーチングでは、コーチングを一回行ったら、1セッション。

1セッションあたり60分でXXXX円、というように、
サービス内容の「単位」のように使うことが多いです。

たとえばSNSで

「今日は朝から、コーチング5セッションぶっ通しでした〜!」

という投稿を見たら、
あぁこの人は朝から、コーチングを5回ぶっ通しでやったのか、
くらいに考えてもらえれば十分だと思います。
(もちろん、別の意味で使われている方もいますので、詳細は確認してくださいませ)

 

さて、私がここまで「専門用語をわかやすく伝える」ことに神経を使うのは、プロとしての責任でもあり、はたまた、これまでの仕事で培った経験も影響していますが、原点は「父の言葉」にあると、思い出しました。

「小学生でもわかるように」

父は、自分と同じく理系の大学に進んだ私や妹に

「自分が学んだことを人に伝えるときは、小学生でもわかるように意識して、伝えなさい」
とよく話していました。

小学生でもわかる・・なんて「知らない人を馬鹿にしているのか?」などと、幼稚だった私は斜めに構えて反発したこともありましたが、決してそうではなかった。

父は長年、発電関係の技術者をやってきた人間。
発電所の周辺には、住宅地もたくさんあります。
何らかの機会で、近隣の住民の方々に説明や解説が必要となった時、その住民の中には、もちろん小学生だっている。子供達だって、住民の一人。このことを常に意識していたのだと思います。

後年、この父の言葉が、人生の色々なところで私の支柱になりました。

就職活動で、大学院での研究内容を面談相手に伝えるときも、
科学館で、世界中から来られたお客様と対話する仕事をしたときも、
新製品に使われた最新技術について社内でプロモーションをするときも、

そして、
プロコーチとして、コーチングを仕事にしてからも。

コーチングセッション自体は、現在は大学生以上の方のみ対象とさせて頂いていますが、相手がどんな方であっても「何歳の人でもわかるように意識して伝える」ことは、私の原点になっています。それは、日本語でも英語でも、です。

納得してもらうことが、スタート地点

サービス内容だけでなく、用語ひとつ取っても疑問のままにせず、「しっかり理解し、納得してもらう」ことから、コーチとクライアントの信頼関係はスタートします。その積み重ねこそが、コーチングの成果にもつながっていくからです。

コーチングを習得したばかりの頃は(いまも直後だけど!)、
とにかく学んだことをすぐに活かそう、使わなきゃ!と、
習った専門用語をそのまま盛り込んだコーチングや集客をしていましたし、
どこからか取ってつけたような説明ばかりして、
それを聞いた相手が「わかったような、わからないような」様子でいるのが、本当にもどかしかったです。あぁ伝わらないなぁ、などと嘆いて。

完全に、自分目線での押し売りでしたね(汗)
これは教訓として、今でも自戒のために定期的に思い出すようにしています。


さて、ここまで書いて、思いつきました。
私のコーチングでも、使っている用語は多いので、「用語集ページ」「Q&A」ページを作りますか!少々お待ちを〜!

プロコーチとして、学び続ける。

自分史、編纂中!

こんにちは、金城文乃です。

今、ある取り組みのため、自分の幼少期からの出来事、感情、学んだことなどを【全て】書き出す作業に没頭しています。

転校などの大きなイベントだけでなく、友達に言われたことなど、記憶の限りを絞り尽くして書き殴っています。

実際、書き出してみると、どんどん思い出すものですね。

そして、まぁー出てくるわ出てくるわ出てくるわ、
当時の生々しい光景や、味わったエグい感情、叫んだり不貞腐れてる小さな私が、これでもかと。

その時は「言葉にできずにいた得体の知れない奴」だったのが、
今の自分なら言語化できたり、タラレバを入れずに客観的に見れるようになっていて「これが大人になったってことかっ!」と妙なテンションになりながら、ランチも惜しんで取り組み中。

けっこうエグい、でも良薬

思い出を活字化するのは甘酸っぱくもあるけど、気持ちいい、楽しいだけの作業じゃないんです。

脳って、生存本能としてポジティブな出来事を優先的に記憶して、命の脅威となりうるネガティブなことは忘れるように出来ているといいますが、実際に思い出すことは、楽しいとか嬉しいことばかりじゃないんですよ。叱られたこと、恥ずかしい思いをしたこと、言われて嫌だったこと、理不尽なこと、気に入らなかったこと・・記憶とセットでもれなく付いてくる感情もすくい取るので、エグいし、文字として掘り起こすだけで凄まじいエネルギーを使うときもある。

なんせ、小学校時代だけで書き終わるのに2日かかりましたし、見直しているときに突然別のことを思い出して追加したりしていて、エンドレス。

でも、これ自体も、今の私にとっては「学び」なのです。

プロコーチこそ、学び続けろ

2018年7月に、プロフェッショナル・コーチの資格を取得しましたが、資格を取っったからといって、学びは終わりません。

自分がクライアントだったら、何歳になっても学び続け、問い続けている姿勢が伝わってくるコーチにこそお金を払いたいですね。

プロコーチとしての学びの一環として「これまでの人生」を総ざらい文字化しています。

これをしっかりとカタチにして、皆様にお届けする日も近い。

楽しみにお待ちください。

 

【コーチングご感想】コーチングから一夜開けて、即行動!

ご自身のお仕事で懸念されていることをコーチングのテーマにされたKさん。

Kさんはお一人お一人と向き合うお仕事をされているが故に、どうしても色んな方がお客様としていらっしゃいます。

そのお仕事で「引っかかっていること」をテーマに持って来られて、コーチングを終え、なんと一晩明けたら【行動しました】のメッセージが。

なんというスピード!

Kさん持ち前の行動力もさることながら、一気に動けた理由は、なんと私とのコーチング中にあったといいます。それは何だったのでしょう?

Kさんからのメッセージをご紹介します。(ご本人に掲載のご承諾を頂きました)

なりたい状態からゴールを作った

 

なぜ直ぐ行動に移せたかというと「コーチング時間内に『自分のなりたい状態』『相手になってもらいたい状態』への具体的行動が明確になったから」です。

 

仕事で生じた問題と向き合う時、どうしても課題解決のための具体的な方法を考えることに時間とエネルギーを多くを使います。

 

今回のコーチングではまず「ご自身がどんな状態になりたいか?」「大切なお客様に、どんな状態になってもらいたいか?」というとてもシンプルなところからスタートしました。

 

それは、お客様と良い関係を続けることや、ご自身のビジネスを守ることにもつながるのでしょう。

 

ご自身がベストな状態でいられることを「選択」した時点で、そのための具体的な方法は、Kさんの中でどんどん輪郭を帯びていき、Kさんにエネルギーが戻ってくるのが、表情からも伝わってきました。

 

やっぱり面倒だから行動しないでモヤモヤしてる自分と、行動したけど、結果失敗した時の自分と、どっちが嫌かな〜と考えたら、行動せずにモヤモヤしてる自分だな、と感じたから行動しました^_^

 

Kさん、ご感想ありがとうございました!

【限定3枠】この春、コーチングを始めてみませんか?

4月から新年度、新学期。
いよいよ、年度の変わり目です。

引っ越しした。
転勤した。
卒業した。
転校した。
退職した。
部署が変わる。
入社する。
上司が変わる。
役職が変わる。
職場に復帰する。
入学する。
進級する。
クラスが変わる。

年末年始よりも3月4月のほうが、環境や人間関係がガラっと変わるという人もいるでしょう。

***

桜もあちこちで咲きはじめて、
希望あらたに春を、新年度を迎えたいと、
目標を立てたり、わくわくする気持ちもある一方、

何かこの時期はいつもソワソワする、
どことなく不安になる、
新しい環境に慣れるだろうか、
人間関係はうまくいくだろうか・・

という方も、いらっしゃるかもしれません。

 

そんな春こそ、
「コーチングを受け始めるには、絶好のタイミング」なんです。

4月は、年度が変わってバタバタして、慣れない新しい環境に、心と体を適応させていくだけでもいっぱいいっぱい。

気がつけば5月の連休が間近に・・と目の前のことに追われているうちに、なんとなくモヤモヤしていたものが五月病に変わってた・・・なんてこともあるかもしれません。

この春、
何かを決めたいひとも。
何かを始めたいひとも。
何かを手放したいひとも。
環境や人間関係の変化を、自分の味方にしたいひとも。

まずはコーチングを試してみて、
「ちょっとお先に」動いてみませんか?

4月開始のコーチング、3名だけ募集します

大変ありがたいことに、この時期はコーチングのお問い合わせをたくさん頂きます。

春は、コーチングを必要としている人がたくさんいる。
なんとか、お応えしたい。

そんな思いで、継続コーチング枠を、新規で3名様分、増枠しました。

現在、おひとり、おひとりとじっくり向き合いながらコーチングを行なっているため、残念ながら、これ以上は増やすことができません。

 

まずはトライアルでやってみたい・・という方も大丈夫。
体験コーチングで、味わってみてください。

(過去に無料で体験コーチングを受けられた方もOKです!)

 

この春から、もっと動き出したい。もっと変わりたい。

その思い、草花が芽吹くような、そのエネルギー、応援します。

そんな方との出会いを、心から楽しみにしています!

 

コーチングをためしてみる

”ダーク”コーチングのススメ

私のコーチングで扱うのは、ポジティブ!ポジティブ!なテーマだけではありません。

本当にやりたいことを見つけたい!
好きなように生きたい!
自己肯定観を高めたい!
自分の強みを見つけたい!

という人だけが受けるものなんでしょうか?
引き上げる、褒める、持ち上げる、とにかく前へ上へ!のための場なんでしょうか?

実際、そんな疑問を素直にお話してくださった方がいました。

 

結論からいうと、

「いいえ」
「それだけではありません」

もちろん、前述のようなテーマで、その人本来の願いや、響きのなかで満たされていく場になるコーチングは、私もたくさんやっています。どちらが良し悪しとか、優劣はまったくありません。

でも、

決して明るくないテーマから入るコーチングもあるよ
前へ!上へ!ではないコーチングもあるよ

ということなんです。

 

ある時、実際のコーチングで、

「今日は、まず悪態をつかせてください。吐き出してからじゃないと、いつまでもここにいる気がする」

と言ったクライアントさんがいらっしゃいました。
(この文章は、ご本人の掲載許可を頂いています)

一緒にその感情を深く見ていくことをお互いに確認した上で、私はもちろん快諾。

そしてさらにリクエストします。

「完全な他責でも自責でもいいから、とりあえず全部出してみない?」

その方は、ご家族との関係で、たまりに溜まっていたドロドロとした感情を、鬼のような形相で吐き出した。

そして私は、変わらずそこにいます。放たれた言葉たちやその主に、肯定も否定もしない。無理に励ましたり、たしなめたりもしない。でも、思いの丈を吐き出すその人すべてに、焦点を当て続けます。

 

コーチングは「吐き出してスッキリ!」が目的ではありません。
だから、ここはまだ、ほんの入り口

今の自分のドロドロした感情、今、自分の中で起こっていることの、もっと深ーい奥にある世界への入り口なのです。

今、この瞬間に起きている感情の奥にある「何か」。

そこを、お互い合意の上で、一緒に見に行くのです。

その果てには、どんな視界があって、どんな自分がいるのか、いないのか・・

 

「前へ」でもなく
「未来へ」でもなく
「治す」でもなく
「癒す」でもないコーチング。

 

でも、そんな静かで深い旅が終わる頃には、視界が、何かが、変わってみえるかもしれません。

 

***

コーチングは、とにかく前へ、未来へ!だけがゴールではないのです。
別にそれをゴールにしなくてもよいのです。

 

もちろんね、吐き出したらスッキリした!という過程はあってもいい。
その気持ちは、素直にキャッチしてください。
ドロドロを言葉にしてみて、自分の中にどんな変化が起こったのか、
そのスッキリが、今ココから、あなたの視界をどのように昇華させていくのか。

そこからまた、コーチングで旅を続けることもできます。

 

悩みやモヤモヤの深淵を、静かに深ーく見てみたい。
なんだかそこに答えがあるような、ないような気がする・・

そんな方にも、私のコーチングを使って頂きたいと願っています。

世界に何を叫ぶか

タイトルは大げさに見えたかもしれません。でも、ブログを書く、SNSに投稿するということは、どれだけ友達限定投稿にしようが、世界に向かって話をしているのと同じ。

 

自分の実践してきたことは、自分の言葉で話せる。

当たり前のようですが、当たり前だからこそ、改めて身にしみた経験がありました。

 

今日、自分が受けているビジネス講座の「受講生の実績例」の一人として、講師に録画インタビューを受ける名誉な機会を頂きました。録画動画が公開されたら、改めてみなさまにご査収いただくとして(笑)

 

「自分の実践してきたことだからこそ、自分の言葉で話せる」

と、あたらめて感じました。逆に言えば、

いくら何世紀も語り継がれる名言でも、

名人の言葉や良い書籍でも、

自分で実践しなければただの「受け売り」でしかなく、

自分の血肉にはならないし、自分の言葉で話すことはできない!

 

ということ。

 

そして録画インタビューはリハーサルなし、台本なし、質問内容は撮影5分前に聞いてのぶっつけ本番、なんと初撮りで完了!(嬉)

実は、自分が学び、お世話になった恩師から受講生インタビューの機会を頂くのは、今回で3回目。ありがたいことに、最近立て続けにご依頼を頂いています。

そのどれも、リハなし、台本なしのぶっつけ本番。打ち合わせはメールのやりとりのみ。もちろん、インタビューアーの丁寧なサポートがあってのことですが、それが可能なのは、やっぱり「自分の言葉で素直に話す」ことに徹していたから。

いずれの回も、ネット配信用の録画だったり、30人の前で質問も受けつつお話しする場だったりしましたが、「目の前で、ネットの向こうで、たくさんの人が聞いている」という意識は持ちつつも、やはり自分の実践してきたことをお話しする場なので、良い緊張感しかなく、むしろ楽しんでいる自分がいた。

そしてもう一つ。
毛の生えた心臓で挑むトークスキルを鍛えて頂いたのは、やはり昔の職場で、多くのお客様の前での解説・実演・ファシリテーション経験があったからこそ。

あらかじめ作られた台本があったり、社員として話す上で守らねばならない制約もたくさんありましたが、人前で毛の生えた心臓を作って頂けたことは確か(笑)

「人生、やってきたことで無駄になるものはない」という亡き恩師の言葉を改めて感じた1日でした。

***

あとは・・もう少し服装なり、メイクなりをオシャレにしよう、という反省も(笑)やはり対面で仕事をする身なので、写真や見た目は重要。いい加減、頭が花畑なプロフィール写真もとっとと変えます。もっと肌や髪も綺麗にしたいなぁ・・ゴニョゴニョ。

 

さて、これから振り返り作業です。2018年、3月11日。

究極の自己紹介。

あなたのことを全く知らない人、

SNSでも繋がっておらず、共通の知り合いもいない

全くの初対面の人、Aさんに、

あなたのことを伝えるとしたら、なんと言いますか?

 

こういうときに限って、あなたは名刺を忘れました。

Aさんは、あなたの勤務先や肩書きについては興味がありません。

「詳細はブログに書いてますので」・・と言いかけたら、

Aさんは、スマホもPCも持っていませんでした!

そしてなんと、

「私は旅人ですので、あなたにお会いできる機会は、次は無いかもわかりません」

「あなたについて、すでにネットに書かれていることには、興味がないのです」

と言います。

なので「今」伝える必要があります。

 

そのかわり、言葉だけでなく、

身振り、手振りを使ってもかまいません。

顔の表情や、声で伝えてもOK。ブサかわ、キモかわ、変顔大歓迎。

変なダンス、不可解な祈りのポーズ、厨二病と間違えられそうな目つき。

とにかく体を張って、持てる体のパーツ全てを使って、Aさんに伝えて下さい。

 

周囲に、あなたの知り合いや家族や上司はいません。

その表現おかしい、いい年して恥ずかしい、というような人もいません。

何を言っても、見せても、Aさん以外には、誰にも聞こえませんから、安心して下さい。

 

・・・あなたが勇気を振り絞って心身から絞り出したもの。

誰の目にも声にも邪魔されず、自他の作った理想や「べきねば」のない姿。

それが、いわゆるBeing(あり方)への入り口なのではないかと感じています。

そんな「Being生絞りの会」を、少人数でやってみたくなりました(笑)

コーチングと武道

武術家である友人と話をしていて、自分の中から出た言葉に思わずハッとすることがあった。

 

コーチングは、武道に近いものかもしれない。

 

あくまで私個人の解釈で、と断った上で書くと、

武道における(対戦)相手との対面の場では、相手に対する最大限の「礼」が必要不可欠。

たとえスポーツという形になっても、相手への敵意や憎悪で取り組める競技ではない。

 

そこにあるのは、相手への絶大なる信頼だ。

 

双方の無意識に、その基盤があるからこそ、相手に敬意を払い、全力で対峙し、互いに一切の遠慮なし、手抜きなし、躊躇なしの空間を、相手と共に「今この瞬間から」作り上げていくことができる。

 

コーチングにも、流派はあれど、その精神は武道と共通するところがある。

まず、相手への絶対的な信頼と敬意。

これ無くして、コーチングの関係は成り立たない。

 

「人は生まれながらにして、欠けるところのない存在である」という揺るぎない信念のもとに、相手の言葉や表情、動きを空間全体で捉えながら、その人全てに焦点を当てていく。

決して、相手の「欠けているところ」をコーチングで探究していくわけではないのだ。

 

それは過去の記憶や未来への予測や懸念からではなく、「今この瞬間」から創り上げていく「空間」であり「時間」である。

そこには、相手からの信頼と、やはり「この場を共に創り上げ、前に進みたい」という互いの強い願いがなければ成り立たない。

 

時として相手が聞きたくないであろうこと、目を背けてきたことも、コーチは容赦なく言葉にする。

相手のため、というよりも、今、相手の中に起こっている感情と本気で対峙し、一切の遠慮なし、手抜きなし、躊躇なしで向かい合うことができなければ、相手の「本質的な変化」へと繋げていくことはできないと知っているから。

 

***

 

私は学生時代に空手を学び、極めたとは言いがたいレベルで遠ざかってしまったけれど、「礼に始まり礼に終わる」場で叩き込まれた、武道の精神のなんたるかの片鱗が、脳裏にしっかりと残っていた。それがコーチという立場に変わっても生きていたと感じられたことが、素直に嬉しかった。

今日、たまたま会話の中から、自分が体を張って取り組んできた二つのことー過去の点と現在の点が繋がったような感覚を味わうことができた。

 

精神とは生命のように不可解で、形状不安定だが、最後は本質の核だけが魂に生き続け、人生の糧になっていく。

それは今、聞くべき声なのか?

コーチングのみならず、色々な方の話を聞くようになって

「本当にやりたいことを見つけたい」
「自分の好きなことを仕事にしたい」

という声をたくさん聞くようになりました。

それ自体は、とても素晴らしいことだし、何がその人を突き動かしているのか好奇心が湧くし、何らかのかたちで心から応援したい気持ちになる。

 

でも、「動き出したいのに動けない」がセットでついてくることも多い。

彼らを動けなくしているものは何だろう?というポイントは、コーチとしての好奇心の最大の発揮どころなのですが、彼らを動けなくしている「共通のもの」があることに気づきました。

その一つに、「他人の言葉」があります。

特に、その人が信望や尊敬のまなざしを向けていたり、フォローしている人の言葉。

 

天職を見つけたいなら、

「人を助けたい」を動機や理由にしてはいけない

それは他者への依存だ

やりたいことを仕事にしたいなら、

願い、ミッションをまず見つけなければ

ビジョンは何ですか、Beingは何ですか

ワクワクしなければ

頭でなくハラで感じなければ

 

そうだね、確かにそれは、その言葉を発した本人にとっては「正」だね。

でも、その言葉が引っかかって、もっともっと人の役に立ちたいのに、

「人を助けたい」という動機は良くないから・・・と

それ以外のまっとうな動機が自分の中に見つかるまで抜け出せないなら。

やりたいこと探しから抜け出せないなら。

 

それは今のあなたにとって本当に必要な言葉なのか?

 

動けないなら、今、その声に忠実になる必要、あるか?

なんなら、今は聞かなくたっていい。

だって、それで動けないんでしょ?

聞かなかったら、その人に嫌われるの?

 

いったい誰の為に、
美しい動機や天命とやらを探しているの?

 

 

物事をはじめる動機なんて何だってよくて、

「お金を稼ぎたい」

「貧乏から抜け出したい」

「自己承認のため」

「すごいって言われたい」

「子供のため」

「親に認められたい」

「友達に羨ましがられたい」

だっていいじゃないですか。

実際に自分で手を動かしてからでないと、本当にやりたいかどうか、合うか合わないかなんて、わからない。見えてこない。

 

なのに誰かが言ってる「適切な動機」が見つかるまで動けない。

天命やミッション、ワクワクを感じなければ、

それは他者への依存だぁ〜?

それが見つかるまで、机上や脳内でやりたいこと探しを続けるのは、

あなたにとって本当に心地よいことなのか。

 

本当は動きたいんじゃないの?

人を助けたいんじゃないの?

助けたっていいじゃないか。

ありがとうって言われたくて

働きかけたっていいじゃないか。

 

まずやってからゴニョゴニョ言う。

ぐるぐる考えるのは、それからでもできますから。

 

***

 

それでも、飛び込む勇気が出ない・・というなら

コーチングで、一度あなたを崖から突き落とすお手伝いができるかもしれません(笑)

背中を押して欲しい・・でなくて背中を貫通するくらいに突き落として欲しい方はこちらまで!