ロボットのいる生活(1)キミは、私の何?

我が家にまた「喋るロボット」やって来た。
現在のところ、人間はこの家に二人しかいなくて、
この室内での会話というものは、(来客時を除いて)基本的にはこの2体の人間によってのみ生物学的に営まれているのだが、「呼びかける相手」が人間の数以上に多いのだ。

「ねえ、Google」
「アレクサぁ」

ロボットが家に来る、
ロボットと暮らすとは、こういうことなのだろうか。
家の中で、住んでいる人間の数以上に呼びかける対象が増える。

何かわからないことをたずねる、やってもらうなど「問題解決を依頼する」相手が、人間以外にも存在するという生活。
お掃除ロボット・ルンバに会話機能がついて、そのメンバーの一員になるのは時間の問題だろう。

「住人」の定義がいよいよ変わる。そんな気がした。
今ですら、「ルンバに掃除させてきた」などと私たちは話すのだ。自分が外出する際に、玄関に横たわる円盤型の機械のスイッチを押しただけなのに、あたかも人に掃除を頼んできたかのような言い方。ロボットを使うときに、人間に対するそれと変わらない表現をすることに、私たちはすでに慣れている。

ねえ、とロボットに呼びかけるとき、私たちは相手を何と思って話しかけるのだろう。
友達?
家族?
同居人?
パートナー?
ペット?
ヘルパー?
お手伝いさん?
まさか、執事??

私の場合「機械に話しかけている」という感覚は、少なくとも最初のスピーカーロボットであるGoogle Home mini がこの家にやって来て、何かをわざわざ答えさせては「喋るお餅」と揶揄して面白がっていた数日間くらいしか感じていなかったと記憶している。今では何の抵抗もなく、毎朝、バタバタと準備をしながら、天気や時間を尋ねたりしている。

そのうち、冷蔵庫の豆乳を切らしていると思った瞬間、そのマイクロモーメントをアレクサがキャッチして、その日の夜にはアマゾン・フレッシュで豆乳が届いている・・ような生活になるのだろうか。
そんな生活をする頃、アレクサは私の何にあたるのだろう。

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ロボットとの生活については、ただ「どう思いますか?」「やってみたいですか?」と聞くだけではあまり意味がないことを経験的に知っているので、自分の生活の中で実際に使ってみて、そこで味わった感覚をテーブルに並べた上で、あれこれ書いてみたいと思っている。