「シェア」もアウトプットになる

FacebookでもTwitterでも、何かの記事を読んで、これをみんなに読んでもらいたい(あるいは、読むべきだ)と思ったときに押す「シェア」ボタン。

やり方しだいでは、とても良いアウトプットになると考えています。

私は、誰かの記事をシェアするとき、一言でも「紹介文」をつけます。

あんまりダラダラ長い感想文になると、記事にたどり着くまえに直帰されてしまうので、

「この記事の見どころ」

「読んでこんな発見があったよ」

「こんな人におすすめ!」

これらをいかにシンプルに、見つけた人が読みたくなるかを考えて、2、3行になるように書きます。

この「紹介文つきシェア」、メリットがたくさんあるのでご紹介します。

自分自身のアウトプットになる

まずはこれです。これが本当に大きい。

私は、その記事を自分で読んでみて、本当に「良いな」と思ったものだけ、シェアしています。

友達だから、有名な人だからと、内容も読まずにポンとシェアすることはありません。

内容を読んでいるので、紹介文を書くということは、自分自身のアウトプットになるということ。

その記事のどんなところがよかったのか、誰に読んで欲しいのか。

これをアウトプットするだけでも文章のトレーングになるし「あまり時間をかけない」というルールを作れば、集中力も鍛えられる。

こうやって「紹介文」という形でアウトプットすると、一度シェアした記事の内容はしばらく覚えているし、「誰々さんのこんな記事があったな」と、のちのち役に立ったことが何回もあります。

記事の主に喜ばれる

紹介文が書けるということは、内容を読んでくれた人でもあるので、記事の主から感謝されることはとても多いです。自分の記事が感想つきでシェアされたら、嬉しいですよね。

「読んでくれた」「紹介してくれた」のダブルで喜ばれます。

記事の主から「この紹介文、とても的を得ているので、私の告知記事で使ってもよいでしょうか」という問合せを頂き、ご縁ができたこともあります。

著名な作家さんの記事をシェアしたら、なんと本人から「いいね!」やお礼のコメントが来たこともあります!(覚えてもらえるかも?)

でも大原則は、有名無名に関わらず「本当に良いと思ったものだけ」。

誰々さんの記事だから問答無用でシェア、というのは、ビジネスパートナーでもない限り、私はできません。ここは、自分の価値観や感性をしっかり尊重してあげることを大事にしています。

シェアの嗜好から、自分の好きなことがわかる

紹介文を書くことで、

「自分が何に興味をもっているのか」

「どんなところに感情を動かされたのか」

「(シェアすることで)何を世の中に伝えようとしているのか」

これらが見える化されるんですよ。これはまさに、自分の価値観や強みに繋がるもの。

私が尊敬する方の言葉に、

「自分を知りたければ、自分のこれまでのアウトプットを見ろ」

というものがありますが、それが紹介文というアウトプットでもわかるということ。

自分の好きなことがわからない・・というなら、自分が良いと思った記事をシェアして、初めは「すごい!」の一言でもいいから紹介文を書いてみるのはいかがでしょう。

そのストックが、あなたという人間のあり方の輪郭になっていくはずです。

番外編:無言シェアについて

逆に、何の言葉もなくぽーんとシェアされた記事、ここでは勝手に「無言シェア」と読んでいますが、私は無言シェアされたものは、ほとんど読みません。

有名な人でも、よく知っている人でも、何人もの人がシェアをしていたとしても。

読んでみたら良い記事なのかもしれませんが、「その時点で」興味がわかなかったら、リンクの先に行くことはまずないです。

タイトルだけだと、何の記事なのかもわからないことも多いし、それだけで興味は半減する。そして一度スルーしたら、二度と拾われることがない。

その人がどういう意図でシェアをしたのか、その場で少しでも垣間みえないと、興味がなくなってしまうのです。

理由はただ一つ。

私がSNSを触る時間は、とても限られているので、その場で自分の感性に触れたものにしか、時間を使わない。そういう生活をしているからだと思います。

アウトプットは、人生を変える

私の友人には、「自分のブログを書く」というアウトプットを続けたことで、人生が劇的に変わった(変えた)人が何人もいますので、頭ではなく肌でそう感じますね。

最近、アウトプットをとても意識しながら生活しています。コーチングのクライアントさんにも、自分の実践で効果的だったアウトプットのしかたについてアイディアを共有することが多くなってきましたが、これがとても楽しい。

理由のひとつは、精神科医・樺沢紫苑さんの著書「学びを結果に変えるアウトプット大全」からの影響をとてつもなく受けているから。

この本、ただの「アウトプットのためのノウハウ本」ではありません。

話し方、書き方だけでなく、コミュニケーション、人間関係、生活の全てにおいて使えます。

なぜそのやり方が効果的なのか、心理学分野、脳科学分野からのエビデンスもしっかり書かれていて、とても説得力のある文脈。そして、その章を読んだその日からすぐに活かせる、活かしたくなる。

「学生時代に出会っていたら、勉強や就活すらもっと楽しくなっただろうな」と思えるほどです。学生の方には迷いなくお勧めしています。もはや布教活動です(笑)

「気に入った記事を、自分の言葉でシェアするのも立派なアウトプットである」ということは、この本を読みながら確信したこと。

これからまだまだ出て来ること思いますので、どんどん「アウトプット」していきたいと思います。

わかりやすく伝えることの原点

コーチングという言葉も、少しずつ認知してもらえるようになってきましたが、まだまだご存知ない方もたくさん。

言葉は知っていても、「実際、何をするのか」という話になると「良い解決策を指導してくれるんでしょ?」という感じで、プロスポーツにおける「コーチ」と同じく「指導者」のようなものだと思われることも多いです。

認知度が低いのは、もちろん私たちコーチ側がちゃんと「伝えていないから」であって、知らないことが悪いことなのではありません。ご安心ください。

その専門用語、誰のため?

さて、そのコーチングにしても、カウンセリングやセラピー、コンサルテーション・・と広げれば広げるほど、「援助職」業界は、なんと専門用語に溢れていることか、と思います。

専門用語を使うことが「良くないこと」なのではありません。

ただ、言葉は知らないが、サービスを必要としている人に「どういうものか、理解してもらう」ために常に努めることは必須です。

「わかる人にだけ、伝わればいい」という姿勢では、お友達サービスで終わってしまいますから。

 

たとえば「セッション」という言葉。

私のコーチングでは、コーチングを一回行ったら、1セッション。

1セッションあたり60分でXXXX円、というように、
サービス内容の「単位」のように使うことが多いです。

たとえばSNSで

「今日は朝から、コーチング5セッションぶっ通しでした〜!」

という投稿を見たら、
あぁこの人は朝から、コーチングを5回ぶっ通しでやったのか、
くらいに考えてもらえれば十分だと思います。
(もちろん、別の意味で使われている方もいますので、詳細は確認してくださいませ)

 

さて、私がここまで「専門用語をわかやすく伝える」ことに神経を使うのは、プロとしての責任でもあり、はたまた、これまでの仕事で培った経験も影響していますが、原点は「父の言葉」にあると、思い出しました。

「小学生でもわかるように」

父は、自分と同じく理系の大学に進んだ私や妹に

「自分が学んだことを人に伝えるときは、小学生でもわかるように意識して、伝えなさい」
とよく話していました。

小学生でもわかる・・なんて「知らない人を馬鹿にしているのか?」などと、幼稚だった私は斜めに構えて反発したこともありましたが、決してそうではなかった。

父は長年、発電関係の技術者をやってきた人間。
発電所の周辺には、住宅地もたくさんあります。
何らかの機会で、近隣の住民の方々に説明や解説が必要となった時、その住民の中には、もちろん小学生だっている。子供達だって、住民の一人。このことを常に意識していたのだと思います。

後年、この父の言葉が、人生の色々なところで私の支柱になりました。

就職活動で、大学院での研究内容を面談相手に伝えるときも、
科学館で、世界中から来られたお客様と対話する仕事をしたときも、
新製品に使われた最新技術について社内でプロモーションをするときも、

そして、
プロコーチとして、コーチングを仕事にしてからも。

コーチングセッション自体は、現在は大学生以上の方のみ対象とさせて頂いていますが、相手がどんな方であっても「何歳の人でもわかるように意識して伝える」ことは、私の原点になっています。それは、日本語でも英語でも、です。

納得してもらうことが、スタート地点

サービス内容だけでなく、用語ひとつ取っても疑問のままにせず、「しっかり理解し、納得してもらう」ことから、コーチとクライアントの信頼関係はスタートします。その積み重ねこそが、コーチングの成果にもつながっていくからです。

コーチングを習得したばかりの頃は(いまも直後だけど!)、
とにかく学んだことをすぐに活かそう、使わなきゃ!と、
習った専門用語をそのまま盛り込んだコーチングや集客をしていましたし、
どこからか取ってつけたような説明ばかりして、
それを聞いた相手が「わかったような、わからないような」様子でいるのが、本当にもどかしかったです。あぁ伝わらないなぁ、などと嘆いて。

完全に、自分目線での押し売りでしたね(汗)
これは教訓として、今でも自戒のために定期的に思い出すようにしています。


さて、ここまで書いて、思いつきました。
私のコーチングでも、使っている用語は多いので、「用語集ページ」「Q&A」ページを作りますか!少々お待ちを〜!

Nobody knows you

今日から、とある学びの場に参加しています(有休で)。

 

学びの内容についてではなく、そこであらためて感じたこと。

 

「共通言語を捨てた自分が、何を伝えられるか」
「自分の生き方を、初心で伝えられるか」

 

全員が初対面で、誰も自分の顔も名前も経歴も知らないし、
そこに業界用語を盛って説明したら白けてしまうような場で、自分のやっていること、生き方をさらけ出すということを、最近やっていなかったな、と愕然とした。

 

内輪話ができる場は、確かに安心で楽しいです。
自分も相手もお互いによく知っていて、共通言語もあるし、
誰かに喜怒哀楽あれば、手放しで祝い、花を手向け、涙を流し、手を差し伸べることだって出来る。
ただ、居心地が良くなるぶん「いつまでもこの状態が続いて欲しい」とお互いが無意識に願うようになるので、刺激は少なくなるし、成長のスピードや度合いが似たり寄ったりしてくる。
良い悪いではなく、そういう場に長く留まると、だんだん落ち着かなくなるのが、私の性癖。

 

SNSでも、リアルでも、
自分の見ている世界なんて、この世界の99%以上の人は知らない。
自分が見ている景色に入り浸り続けると、そこが世界の標準に見えてくるし、自分の知っていることは、他人も知っているはず、と錯覚してしまいがち。

 

今回、久しぶりに「内輪ネタの通じない」場に飛び込んだので、刺激はあるし新鮮だし、初心に戻るべきは受講生でなくオマエだ、と「場」に言われている気がして、身が引き締まる思い。いい緊張感です。

 

互いに与え合う良質な刺激と緊張感。これも、人生を面白く豊かにするためには欠かせない。

これからの二日間、自分に課したのは、
「共通言語を捨てた自分が今、伝えるべきことは何か?」を常に意識すること。

 

もちろん、そういう場で一日過ごすのは、楽しいばかりではないし、心も体力も消耗するよ。
でも、その場に自分の時間という「命」を使う選択をしたのは自分だし、この場だけに限らず、
「自分の命を何に使いたいか」をとても強烈に意識するようになった。

 

そのために日々、他のどうでもいいことで消耗しないために、
家事に時間をかけるのをやめるべく投資し、
SNSのダラダラ見をバッサリ止める仕組みを作り、
3日以上読まなかったメルマガは全て解除した。
これはごく一部のDoingに過ぎないけれど。

 

誰も私のことを知らない。
「初心に還る」とは、ここを受け入れることから始まると思う。

【書評】「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる

年間1000万PVを誇るプロブロガー・立花岳志さんの新刊

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたにお金が降ってくる

の書評です。大半が自分の行動のための分析になっています(笑)

この本、単なる情報発信ノウハウ本ではありません。

Facebook、Twitter、ブログ、Instagramなど、何らかのSNSで発信をしている人、これからしてみようと思っている人も、ぜひ手にとって頂きたいと思います。

情報発信とは?

友達限定投稿、内輪話は情報発信ではない。

情報発信とは、誰かの役に立つ、価値があるものを提供すること。

頭ではわかっているけどね・・・という声が千人くらい聞こえてきそうなので、ここは私なりにイメージしてみました。

(ロジックをイメージに置き換える。本からの学びを自分の行動に落とし込む上でも重要なので、本や論文を読むときはよくやっています。)

 

情報発信をするときは、「誰か役立ちそうな人に届けたい」。そんな思いがあるから、願いのベクトルが自分から外側に向かって開いている。

一方、交流投稿をするときは、「自分はこう見られたい」という気持ちが無意識下で働くため、願いのベクトルは自分へ、内側へ向かっている。

 

だから、

情報発信をするなら、視線は「世界のどこかで読んでくれる誰か」へ向けて書くこと。

自分の視線がどっちを向いているかを意識してみるだけでも書く内容が違ってくると思います。

 

ここで「こんな情報、誰かの役に立つのか?」という葛藤とエンドレスにダンスすると思いますが、それは読んだ人が決めることなので、こちらで悶々と悩んでいても、答えはきっと出ません。

それよりも何よりも「まずは出してみる」。立花さんは情報発信の習慣化のコツとして「質より量より更新頻度」を挙げています。

好き→得意→強み→お金 のスパイラル

強みは、好きなことから生まれる

逆に言えば、自分の強みは「好きなこと」の中からしか生まれないということ。

自分の強みがわからない、という人はとても多いけど、自分の強みを見つけたいなら、まず好きなことを何でもやってみること。

ところが、「自分の好きなことすらわからない」という人も非常に多いんです。

私自身の経験から、
「やるべきことが先。好きなことをやるのは後」という我慢人生歴が長い人ほど、自分の好きなことすらわからなくなっている気がします。

そんな人に「あなたの好きなことはなんですか?」と聞いても、すぐには出てこない。だから紙とペンを与えても、きっと何時間も何も書けないまま、頭を抱えてしまう。無理もないことです。理由は何であれ、ずっと封印してきたんだもの。脳が考えることを拒否してしまっている。

 

「好きなこと」がわからないなら、「好きではないこと」「やりたくないこと」からアプローチするのも一つの方法です。ネガティブな考えに見えますが、人間は「嫌い、やりたくない」ことの方に、その人本来の願いや価値観が現れます。

 

「好き」を発信し続けるうちに「得意」になり、それを尖らすと「強み」になって、必要としている人から求められ、お金になる

 

このスパイラルに乗りたいなら、まずは自分の「好き」を見つけることと同時に、それが好きな自分も認めてあげること。好きなことにしろ、強みにしろ、経済的にも十二分に発揮できている人は、この辺りの自己肯定感がとっても強い。

「強み」を損得勘定ベースで作っても続かない

自分の黒経験が蘇ります・・・情報発信をするとき「この分野は儲かるから」「アクセス数が稼げるから」という理由で、好きでもない分野の記事を延々と書いても、ちっとも楽しくない。楽しくないので、続かない。

これまたコーチングでの話になりますが、「自分の得意なこと」は見つかっても、実は「それが好きとは限らない」というケース、けっこう多いんです。

「何々が得意です」と言うので、それ好きなの?と聞くと、「うーん」という反応が少なからずある。自分の”CAN”をたくさん挙げられる人は多いのですが、「それが好きなんですか?」と聞くと「はい」という答えがまっすぐ返ってこないことが多いのです。要はあまり好きではない。

で、よくよく掘り下げてみると、儲かるから、給料がいいから、就職に有利だから、評価が上がるから、親が喜ぶから、すごいと言われたいから、といった「損得勘定」でやってるうちに得意になった、というケースが多いんです。

できるけど、別に好きではない。これだと「強み」にはなれないんじゃないかな。

「あぁ、自分はこれが好きだ」と心から感じられる瞬間があるか?

自分の強みは「これまでにやったことのあることで、なおかつ好きなこと」の中にこそ見つかる。「ないから作る」ではないのです。だったら、ここを徹底的に掘り下げれば必ず見つかるということ。こう考えると、今までの人生を振り返るのが、宝の山に行くような気持ちになります(笑)

まずはここまで。

いくらでも思考が深まる本

実は書評としてまだ書き殴ったうちの半分なのですが、この本、読み返せば読み返すほど「自分のことに置き換えたらどうか?」が出てきて、書評だけで本が書けそうな勢いです。

個人名、会社としてに関わらず、ネットで何かを発信したことのある人、発信するからには成果を出したいと考えている人なら、一度は読んでみることをお勧めします。

「好き」と「ネット」を接続すると、あなたにお金が降ってくる

普段から人を笑わせてる?

日本ではハロウィンと並んで「ふだんは躊躇することを言ってもいい・やってもいい」何でもアリみたいな日になってる4月1日。

 

リアルでもネットでも、エイプリルフールに一定数ウケている人は、普段から会話やプレゼン、文章の中でユーモアやジョークを交え、ウィットに富み、緊張の場を和ませたり、笑いのある空間に変える空気を作れている人。冗談だからと誰かを中傷したり、品のないデマみたいなことを言わなくても、そのfoolにすら知性を感じるから座布団を差し上げたくなる。

 

普段からそういう習慣がない、もしくは他人のユーモアが許せない人がいきなり今日だけ「嘘だよーん」をやっても唐突すぎて、「あぁ・・エイプリルフールね、ご苦労さん」としか思えない。

 

リアルでもネットでも、普段どれだけ、人を笑わせているか。楽しませているか。喜ばせているか。

 

会社でそんなこと出来ない!っていう反応がたまにある。一日の大半を過ごしている場所で、笑いを起こすことすら憚られる。そんな空間で毎日過ごしていて、楽しいのだろうか?「笑わせるなんて場所じゃない」と思っているのは、実は自分だけの思い込みだったりしないだろうか?

 

「ウケなかったらどうしよう」が先に出てくるなら、それは「出すからにはウケなければならない」「ウケない俺は価値がない」って思ってない?

ジョークの引き出しが多い人、場づくりの上手な人は「全ての人にウケよう」なんて初めから思っていない。自分が楽しくて、なおかつ一人でも「クスッ」となってくれたらOK。たとえ全員にスベっても知らんがな。ジョークやユーモアで認められることより、楽しむ楽しませることが先だから。ウケてもスベっても、自分の価値は何ら変わらない。他人からの評価と自分の価値は、まったくの別物。

 

エイプリルフールの投稿には、その人の普段の生き方、人との接し方が滲み出ていることがあると感じた、4月1日です。

 

で、だ。明日2日は、今日よりも笑う笑わせるのビッグチャンス!入社してくる新人、配属されてくる上司や部下のPCセッティングや挨拶回りに行く前に、ぜひちょっとでも笑わせて、先手を取りましょう(笑)

自分のJob Role を説明できるか

たまには会社員視点の覚書き。

でも、どんな働き方になっても通じるものがあると感じたので、この時の気持ちを忘れないためにも書いてみた。

海外チームとのミーティングで

担当しているプロジェクトで、各国メンバーの入れ替えがあったので、簡単な自己紹介の時間があった。そこで「あなたの Job Roleは?」と聞かれ、とっさに自分が今、やっていることをひたすら早口で並べるだけの答え方をしてしまったのだ。相手は納得してくれたが、他のメンバーのやりとりを聞いているうちに、もどかしさ全開になった。

 

相手は「今、私が進行形でやっていること」を聞いていたのではない。あなたのこのプロジェクトにおける役割は何なのか。権限はどこまであるのか。つまり一つのプロジェクトという、生きた構造物において、私ははどの骨組みや内臓に当たる人間なのか、ということを、サクッと話せるようにしておくべきだったのだ。

 

時差もあり、時間はお互いに限られているのだから、自分のRoleくらいテンプレートでもいいから、日本語/英語で、簡潔に答えられるようにしておくべきだった。

 

現在やってることをあれこれ並べて話すだけでは、自分のJob Roleを認識できていなかった、という表面的な問題だけではない気がした。意識に関わることだ。契約上の業務、上司から指示を受けた業務、緊急を要して降ってきた業務はやっている、もちろんアイディアや提案は出す。でもそれ以外はその時次第、という、かなり他人任せな仕事の仕方をしていたんじゃないだろうかと、時間がたつにつれ愕然とした。

 

働き方に関わらず、会社員/フリーランスに関わらず、

「あなたは何に対しての責任者なのか?」
「結局、何を最終プロダクトとして生み出せる人なのか?」
「その組織ににどんな利益を生み出せる人間なのか?」

と聞かれたとき、あなたはその場でスラスラと答えられるだろうか?

世界に何を叫ぶか

タイトルは大げさに見えたかもしれません。でも、ブログを書く、SNSに投稿するということは、どれだけ友達限定投稿にしようが、世界に向かって話をしているのと同じ。

 

自分の実践してきたことは、自分の言葉で話せる。

当たり前のようですが、当たり前だからこそ、改めて身にしみた経験がありました。

 

今日、自分が受けているビジネス講座の「受講生の実績例」の一人として、講師に録画インタビューを受ける名誉な機会を頂きました。録画動画が公開されたら、改めてみなさまにご査収いただくとして(笑)

 

「自分の実践してきたことだからこそ、自分の言葉で話せる」

と、あたらめて感じました。逆に言えば、

いくら何世紀も語り継がれる名言でも、

名人の言葉や良い書籍でも、

自分で実践しなければただの「受け売り」でしかなく、

自分の血肉にはならないし、自分の言葉で話すことはできない!

 

ということ。

 

そして録画インタビューはリハーサルなし、台本なし、質問内容は撮影5分前に聞いてのぶっつけ本番、なんと初撮りで完了!(嬉)

実は、自分が学び、お世話になった恩師から受講生インタビューの機会を頂くのは、今回で3回目。ありがたいことに、最近立て続けにご依頼を頂いています。

そのどれも、リハなし、台本なしのぶっつけ本番。打ち合わせはメールのやりとりのみ。もちろん、インタビューアーの丁寧なサポートがあってのことですが、それが可能なのは、やっぱり「自分の言葉で素直に話す」ことに徹していたから。

いずれの回も、ネット配信用の録画だったり、30人の前で質問も受けつつお話しする場だったりしましたが、「目の前で、ネットの向こうで、たくさんの人が聞いている」という意識は持ちつつも、やはり自分の実践してきたことをお話しする場なので、良い緊張感しかなく、むしろ楽しんでいる自分がいた。

そしてもう一つ。
毛の生えた心臓で挑むトークスキルを鍛えて頂いたのは、やはり昔の職場で、多くのお客様の前での解説・実演・ファシリテーション経験があったからこそ。

あらかじめ作られた台本があったり、社員として話す上で守らねばならない制約もたくさんありましたが、人前で毛の生えた心臓を作って頂けたことは確か(笑)

「人生、やってきたことで無駄になるものはない」という亡き恩師の言葉を改めて感じた1日でした。

***

あとは・・もう少し服装なり、メイクなりをオシャレにしよう、という反省も(笑)やはり対面で仕事をする身なので、写真や見た目は重要。いい加減、頭が花畑なプロフィール写真もとっとと変えます。もっと肌や髪も綺麗にしたいなぁ・・ゴニョゴニョ。

 

さて、これから振り返り作業です。2018年、3月11日。