どうする?価値観の違う親との会話術

親と話をすると、家庭、食事、働き方、お金など、「価値観が違うなー」と感じる時はいくらでもあります。

「みんな違って、みんな良い♬」で終わればよいですが、それだけでは済まないのが、親子の会話。では、どうすればいい??

私のコーチング・セッションでもたびたび出てくる「親子の価値観の違い」問題。今回はこのテーマに、私の経験や実践にもとづいた、会話やコミュニケーションの面からのアプローチをしてみたいと思います。

まずは、私の実例から。

夫の健康管理は、妻の仕事?

私の夫は、食べる量が多い人間なので、見た目「食べっぷりがいい」と言えばそれまでですが、しばしば食べすぎてひっくり返っています。

私の母親がそれをLINEで見て「奥さん(つまり私)がしっかり健康管理しないとね!」と言うことがあります。ここで私は違和感を感じるのです。

夫の健康の管理は、妻である私の仕事なのか?
子供ならいざ知らず、自分の意思で病院にも行ける、立派な大人じゃないか。

世の奥様がた、そんな言葉ひとつで目くじらを立てるなんて、と思わずに、まぁお付き合いください。自分の中に湧く小さな違和感って、無視しちゃいけないんですよ。

悩むまでもなく、「男は外で働き、女は家で家庭を守る」という大前提のもとで、それで社会も経済も家庭も(なんとか)うまく回っていた時代を生きてきた中で作られた、その人の価値観が現れています。夫婦は、現代よりも「完全分業化」していて、「24時間戦える夫の健康管理は、専業主婦である妻の仕事」という考え方を、私の母親も当時なりに納得して、自分の使命として家庭を営んできてくれたのだと思います。その生活の中で私が生まれ、育ててくれた事実もあるので、母親への感謝の気持ちもそこにはあります。

でも、今の私と夫は共働き。働き方も違うから、ご飯が三食別々になることもあるし、寝る時間、起きる時間だって違う。加入している健康保険だって、別々です。このように、自分の親たちとはすでに異なる働き方、生活スタイルを積み上げている以上、自分の親と価値観が違ってくるのは自然なことです。

価値観が自分のものと違うからといって、どちらが良い悪いの話ではないのです。

さて、ここからです。価値観の違う人とうまくコミュニケーションをとる上で、「正論だけど、使わない方がいい」言葉がありますので、代替案と共にご紹介したいと思います。

「時代が違う」「価値観が違う」では解決しない

親の価値観でものを言われたとき、異なる価値観をもつ子供が真っ先に言いたくなるのが、この言葉ではないでしょうか。

「お母さん(お父さん)たちの頃とは、時代が違うんだから」

私もかつてはよく使っていました。が、この発言をすることで、その場の空気が良くなることはなかったと記憶しています。

親とは、時代も価値観も違う。確かに事実だし、正論ですから、これを論破のためにバシッと使いたくなる気持ちはよーくわかります。

でもこれね、言われた側は、決して良い気持ちにはなりません。あなたとは違う、と言っているつもりでも、自分たちが時代遅れなのか、価値観が古いのかと感じたり、今まで生きてきた人生や時代を否定されているような、悲しい気持ちにもなってしまうんですよ。

人によっては、子供がそんな生意気を言おうもんなら「時代なんて関係ない!これは常識だ!」などと意固地になってしまい、親子関係がますます険悪になってしまうこともあります(これ、20代の頃の私なんですが)

流石にここまでくると、親の側にも、そろそろ手放した方がよいものがあるのですが、ここはまた別の機会に書きたいと思います。

自分なりの愛情表現を伝える

だからといって、自分を親の価値観に合わせる必要もありませんし、あなたはあなたの価値観を貫いて生きてほしい。親と価値観が異なることに、罪悪感を感じる必要もありません。

価値観の違うもの同士のコミュニケーションにおいては、相手に違和感を感じた時に「相手を自分の価値観に合わせようとする」防衛本能のようなものが、人間にはあるのかもしれないと思っています。

親にも、自分にも、そういう部分があるんだな、と思うようにするだけでも、親との会話のしかたが少し変わってくると思っています。

 

それでもやっぱり「私の価値観はこうだよ!私はこうするよ!」と親に言いたくなることがあるでしょう。それは良いことだと思いますし、自分で自分のことを決めている証。

私もそういうタイプなのですが、ただガツン!と言うだけでは「対立」になってしまうので、できるだけ親にもメリットを感じてもらえる言い方を、長年研究してきました(笑)それが、こちら。

「私が病気や災害にあって動けなくなっても、夫が自分で食事や健康管理ができて、非常時でもどちらかが元気でいられるように、普段から健康管理はお互い自分でやるようにしているよ」

妻だって、常に元気でいられるとは限らない。特に、災害の多い昨今、専業主婦として家に居たって、いつどこで災害に巻き込まれるか、テロや感染症に巻き込まれるか、誰にもわからない。夫にはいつも健康で元気に生きてほしいという妻としての愛情があるからこそ、お互い自分でやれることは自分でやろうね、でも、出来ない時はお互いカバーしようね、というスタンスであることを伝えています。

さらに「お互い忙しいから、お互いの体のことはいつも気遣うようにして、感謝も伝えているよ」とフォローすれば、納得してもらえるかもしれません。要は、

「自分と異なる価値観であっても、それはそれで成功例がある」
「妻として、ちゃんと夫への愛情がある」

ことを見せてあげて、安心してもらえればよいのかな、と思っています。

私の親の例でいうと、「うまく行っているなら、それでいいのよ」とあっさり会話が終わることもあります。価値観が親と子でガラッと変わるような、変化の激しい時代であっても、子供はその時代に合わせてたくましく生きているのね、と思えたら、親として安心できるのかも。その気持ちをコミュニケーションの中で感じてもらえればよいのではないかと、思います。

親や祖父母の世代の中には、現代の「なんでも自己責任」的な風潮に、違和感や寂しさを感じている人がいるのも事実。夫婦間まで「なんでもかんでも自己責任」という雰囲気を感じると、つい自分の経験を伝えたくなるのかもしれませんね。

相手を尊重しながら、自分を貫く

究極のところ、これなんですよね。「これが難しいから、悩んでるんじゃん!」という声が聞こえてきそうですが、コミュニケーションの問題は、コミュニケーションの実践でしか解決策は見つからないんです。本だけ読んでも実践しなければ、何も変わらないのと同じです。

親との価値観の違い問題については、子供はとかく「親の価値観は古い」という前提で言葉を進めがちになります。事実、今の時代にそぐわないものだとしても、親の価値観は、親のもの。子供の自分が変えてやろう、などと思うのは、相手をコントロール(支配)しようとすることに他ならず、相手への潜在的な恐怖の裏返しでもあります。帰省のたびに価値観マウンティングをし合っていても、親子で過ごせる生涯の残り時間は淡々と減っていくだけです。

この人は、こういう価値観で生きてきたんだな、こういう時代だったんだな、とまず受け止めてあげて、その上で「でも、私はこうする」と切り分ける。親子であっても、あなたはあなた、私は私。それでいいのです。

 

それでもなお、親が過度に干渉してきたり、親の言葉にものすごく影響を受けているな・・と思うことがあれば、親とのコミュニケーションにおいて、何が本質的な問題になっているかの整理が必要になってきます。そんな時に、コーチングがお役に立てるかもしれません。私自身、コーチングを受けるようになってから、親との関係やコミュニケーションを、より良い形に立て直すことができた一人です。

あなたの価値を下げるNGワード(1)

会社員でも、個人ビジネスでも、どんな仕事をする上でも「それ言ったらアカンでしょ」というNGワードがあります。言えば言うほど、使えば使うほど、あなたの価値を下げてしまう言葉。

尊敬する方の言葉の中に「自分の言葉が、世界を作る」というものがあります。人間は、自分が発した言葉どおりの結果になるよう、行動しているというもの。

脳科学分野でも同じような研究結果が出ているようなので、エビデンスとなる論文を見つけたら英語だろうが読んでみて、またこちらで紹介したいと思います。

さて、そんな「あなたの価値を下げるNGワード」第一弾。かなりビジネス目線になっていますが、仕事や収入の大小に関わらず、働き方に関わらず、言えることだと思います。

「まだまだ勉強中でして」

ドキッとした方。まぁお付き合いください(笑)

「自分はまだまだ勉強中でして・・」いやはや、学校や講座に通っている人、資格を取るべく勉強中の人、あるいは、入社早々にお客様の相手をする場に放り出された人に多いですね。

学んでいる姿勢をアピールしたい気持ちはよーーく解りますが、それは自分目線、自己都合にすぎません。

相手は、お金や時間をかけてでも、あなたの商品や、あなたのもとに来る価値を得たいのであって、あなたが勉強中か否かはどうでもいい情報

これは個人ビジネスでなくても会社員でも言えることで、専門知識やビジネスを増やすべく日々学ぶ姿勢で居続けるのは当たり前。でもお客にとって、窓口に立ったあなたはプロなのです。

一つの例で考えてみます。

重要な会議があるのに、パソコンが急に動かなくなった。大至急サポートセンターに電話をかけたら、対応した人が「自分はまだまだ勉強中でして・・」とか言ったらどうよ?

教育がしっかりしているコールセンターならば、入社1日目の人だろうが、そんなことは電話口で絶対に言わない。どうしても自分の知識で対応しきれない案件なら「わかる者に確認します」といって自分のところでうだうだ時間を取らせない。お客からしたら、その人¥はプロであり専門家として電話に出ているのだから。

発展途上アピールは、自己擁護でしかない

それに、「勉強中」という発展途上アピールは、わざわざ自分から、相手との間に上下関係を作っているようなものです。当然自分は「下」ですね。それって「勉強中だから多少の失敗は許してもらえるだろう」という相手への甘えであり不敬なんです。

相手によっては「この人で大丈夫かな・・」と不安になったり、「なんだ、勉強中の人にこの金額を払わなきゃいけないの?」という上から目線にすらなる人もいる。そうなると、ビジネス以前に信頼関係がグラグラになります。「勉強中アピール」は、お互いにとって良いことは何一つありません。

「まだまだ勉強中でして・・」
その言葉、誰のために言ってますか?

勉強中なのが事実だとしても、資格取得のための特訓中であっても「勉強中」を言い訳に使わない。

私なら、せめて「この学びで得たことを日々商品にアップデート中です」くらいに、お客さんが現在進行形でメリットを感じられる言い方にします。

この人の勉強の成果を、この人の商品から享受できるんだな、と思ってもらえるような表現にします。

何よりも、「勉強中でして・・」の言い訳は「いつまでも自分のレベルは発展途上である」と自らの脳に言い聞かせているようなものです。

そんな気持ちで何年勉強しても、脳は「発展途上の姿がゴールなのね」と解釈してしまい、そうなるように行動する。だからいつまでも、あなたは勉強中レベルのままなんじゃないでしょうか。

まだまだ自信がない。でも自分の価値を下げる言葉の代わりに、どうしたらいいでしょうか。

なりきる。

お客様の前に出た以上は、どれだけ修行中の身であっても、入社1日目でも、「自分はもうプロ」となりきってしまうことです。「フリをする」でもいい。もう何年もその仕事をやってきた経験豊富なベテランのように振る舞う。

わからないことは、わからないとはっきり伝えるか、「わかる者に確認します」と言って仲間に助けを求める。

「うーん・・・・」などと唸って無駄な時間をとられるのが、お客さんや取引相手は一番不快になります。すぐに答えられなければ、それは知識になっていないということ。

最初は自分に知識やスキルが足りないのが見え見えで、なりきれずわざとらしくてバカバカしくなるかもしれません。とてもザワザワすることでしょう。

でもそれは「勉強の成果が出た未来の自分の姿」を自分で拒否していることでもあるんです。それって悲しくはありませんか?

最初は、変な感じかもしれない。それでもなりきってください。そのうちに、脳が「なりきった人」に近づくべく行動するはずです。

そのうち、だんだん自分の振る舞いや行動に変化が出てきて、気がつけば「なりきった人」になっていることに気がつくでしょう。

怒りのコーチング

私自身が、コーチング・セッション中に怒ることはまずないです(今のところ)

ただ、セッション中に、クライアントさんに敢えて「怒ってもらう」ことがあります。

「怒り」は、アドラー心理学の言葉を借りると「目的を持った二次感情」なので、その奥では必ず「一次感情」がシグナルを発している。

長年、怒りに蓋をしたり、我慢しつづけてきたことで、自分の本来の願いや感情がわからなくなってしまった、

という方がセッションに来られることも多いので、それなら、あえてこの場で怒りという感情を、極限まで味わってもらい、その奥にある「本来の感情」を見に行こう、という試みです。

本気の、煽り

コーチである私は、あえて「クライアントの怒りの対象」として振舞うこともあります。

それは上司かもしれないし、友人や親かもしれない。

それはもう、なりきります(笑)

コーチとしてのニュートラルな状態は訓練で叩き込まれているとは言え、

直感をフル稼働して、深い傾聴状態に居続けると、怒りの対象の感情が、本当に自分の中に湧いてきたりします。

そこに遠慮はいりません。

怒りの度合いによっては、クライアントさんは、私に罵声を浴びせたり、殴りたくなったり、胸ぐらを掴みたくなることもあるでしょう。

それでもいいと思っています。

(もちろん、命に関わる危害は加えない、借り物は壊さないという双方の合意のもとに、このセッションをやっています)

それくらい、コーチが体を張って場を創る覚悟が無ければ、コーチングなんてできない。

ふんわり当たり障りのないことしかできないコーチングなんぞ、私はやらない。

そういう「ガチ対ガチ」の場が好きなんだと思います。

この、傍からみたら「体育会系」なコーチング精神。教えてくれたのは、まだコーチング訓練コース真っ最中の、ある出来事でした。コーチとしての転機となった話でもあるので、また別で書きたいと思います。

場所がない!

とはいえ・・・コーチングの会場は、カフェやラウンジ、コワーキングスペース。

いくら人の少ない店内で、

「コーチングセッション中」というこちらの都合をかかげたところで、

店内に怒鳴り声や罵声が響いたら、さすがにお店やお客さんに迷惑をかけてしまいます。

(殴りかかっているところを目撃されたら、通報されるかもしれませんね・・・まだ前科はないけどw)

なので、このワークを思いっきりやれるコーチング場所を確保するのが、喫緊の課題。

日比谷公園サイズの公園とか、河川敷かな?

コーチングに限らず、セラピーでも、カウンセリングでも良いので、「体を思い切り動かすワーク」「大声を出すワーク」・・などなどを東京都内でやったことがある方がいたら・・・お勧めの場所、ぜひ教えてください!

「怒りのワーク」について

この「怒りを限界まで出し切る」ワークですが、全てのクライアントさんに必ずやって頂いているものではなく、

必要に応じて、コーチとクライアントさんとの間で、しっかりと目的を確認してやっています。

例えば、コーチングの中で「怒りの封印」がクライアントのエネルギーを止めているな、というところにきて、初めてこのワークを提案し、互いの意図と目的を確認したうえで、実施します。

ですので、ただ単に「怒りをぶちまけたい」「大声を出してスッキリしたい」という理由でコーチングを申し込まれても、コーチングのご提供そのものをお断りすることがあります。

コーチングはストレス発散のためのものではなく、「よりよく生きるための対話と行動」が原則です。

わかりやすく伝えることの原点

コーチングという言葉も、少しずつ認知してもらえるようになってきましたが、まだまだご存知ない方もたくさん。

言葉は知っていても、「実際、何をするのか」という話になると「良い解決策を指導してくれるんでしょ?」という感じで、プロスポーツにおける「コーチ」と同じく「指導者」のようなものだと思われることも多いです。

認知度が低いのは、もちろん私たちコーチ側がちゃんと「伝えていないから」であって、知らないことが悪いことなのではありません。ご安心ください。

その専門用語、誰のため?

さて、そのコーチングにしても、カウンセリングやセラピー、コンサルテーション・・と広げれば広げるほど、「援助職」業界は、なんと専門用語に溢れていることか、と思います。

専門用語を使うことが「良くないこと」なのではありません。

ただ、言葉は知らないが、サービスを必要としている人に「どういうものか、理解してもらう」ために常に努めることは必須です。

「わかる人にだけ、伝わればいい」という姿勢では、お友達サービスで終わってしまいますから。

 

たとえば「セッション」という言葉。

私のコーチングでは、コーチングを一回行ったら、1セッション。

1セッションあたり60分でXXXX円、というように、
サービス内容の「単位」のように使うことが多いです。

たとえばSNSで

「今日は朝から、コーチング5セッションぶっ通しでした〜!」

という投稿を見たら、
あぁこの人は朝から、コーチングを5回ぶっ通しでやったのか、
くらいに考えてもらえれば十分だと思います。
(もちろん、別の意味で使われている方もいますので、詳細は確認してくださいませ)

 

さて、私がここまで「専門用語をわかやすく伝える」ことに神経を使うのは、プロとしての責任でもあり、はたまた、これまでの仕事で培った経験も影響していますが、原点は「父の言葉」にあると、思い出しました。

「小学生でもわかるように」

父は、自分と同じく理系の大学に進んだ私や妹に

「自分が学んだことを人に伝えるときは、小学生でもわかるように意識して、伝えなさい」
とよく話していました。

小学生でもわかる・・なんて「知らない人を馬鹿にしているのか?」などと、幼稚だった私は斜めに構えて反発したこともありましたが、決してそうではなかった。

父は長年、発電関係の技術者をやってきた人間。
発電所の周辺には、住宅地もたくさんあります。
何らかの機会で、近隣の住民の方々に説明や解説が必要となった時、その住民の中には、もちろん小学生だっている。子供達だって、住民の一人。このことを常に意識していたのだと思います。

後年、この父の言葉が、人生の色々なところで私の支柱になりました。

就職活動で、大学院での研究内容を面談相手に伝えるときも、
科学館で、世界中から来られたお客様と対話する仕事をしたときも、
新製品に使われた最新技術について社内でプロモーションをするときも、

そして、
プロコーチとして、コーチングを仕事にしてからも。

コーチングセッション自体は、現在は大学生以上の方のみ対象とさせて頂いていますが、相手がどんな方であっても「何歳の人でもわかるように意識して伝える」ことは、私の原点になっています。それは、日本語でも英語でも、です。

納得してもらうことが、スタート地点

サービス内容だけでなく、用語ひとつ取っても疑問のままにせず、「しっかり理解し、納得してもらう」ことから、コーチとクライアントの信頼関係はスタートします。その積み重ねこそが、コーチングの成果にもつながっていくからです。

コーチングを習得したばかりの頃は(いまも直後だけど!)、
とにかく学んだことをすぐに活かそう、使わなきゃ!と、
習った専門用語をそのまま盛り込んだコーチングや集客をしていましたし、
どこからか取ってつけたような説明ばかりして、
それを聞いた相手が「わかったような、わからないような」様子でいるのが、本当にもどかしかったです。あぁ伝わらないなぁ、などと嘆いて。

完全に、自分目線での押し売りでしたね(汗)
これは教訓として、今でも自戒のために定期的に思い出すようにしています。


さて、ここまで書いて、思いつきました。
私のコーチングでも、使っている用語は多いので、「用語集ページ」「Q&A」ページを作りますか!少々お待ちを〜!

「流行り」で服を選ぶのをやめた。

「流行」で服を選ぶのをやめました。

私は、深いVネックの服が好きで、
女友達に「谷間強調してるの?」などど冷やかされることもあるけど、
「ただ好きだから」。それ以上でもそれ以下でもありません。

最近(日本で)流行の形なんでしょうか。よく見かけるのが、首の詰まったクルーネックや、モックネック。

骨格や体型に合っていて、センスよく着こなしている人はとても素敵だったけど、デコルテが完全に隠されてしまう。

胸板も厚く、肩幅も筋肉もある私が着ると、良くてスポーティ、正直に言うと体操服!着てる自分がちっとも嬉しくなかったのです。カラー診断に従い、自分に合う色を選んでみても、着た自分にしっくりこない。

「流行りの形だから」というのは結局「他人軸」なので、
自分で「好きなものを選んだ」という気持ちが持てない。
似合わないものを着ていても、力が湧いてこない。嬉しくない。

やっぱりやめた!

この春夏に買い集めた、
首の詰まった服を全て手放しました。

深めのVネックの何が好きかって、顔から首、胸元までの肌を綺麗に見せてくれることなんです。

胸の谷間がどうたら問題は、不思議なことに男性よりも女性の方があれこれ口を出してくるのですが、「でも、好きなんだよねー!」で済ませているうちに、言われることもなくなりました。だって本音だし、それ以上でもそれ以下でもないですから。

綺麗な形のVネックにカットされた、お気に入り服のためなら、
やっぱり首やデコルテライン、谷間は綺麗に保ちたいと思うし、
それを引き立ててくれる、お気に入りのピアスやネックレスを持ちたいですね。

トレンド、マストバイ、もう年だから、などという言葉に流されず、自分の好みと意志で選んだ服を纏っている人は、どことなく自信に満ち溢れているもの。

どんな年齢になっても、人生と共に纏うものは、自分の感性に従って選ぼうと思った、夏の終わりです。

「逃げられる靴」持ってる? ークロックスを愛用する理由ー

普段から、クロックス(CROCS)を愛用しています。特に夏場はサンダル一択。通勤にも使っているので「パンプスを履くと、夕方には足が痛くてイライラする」という苦痛からはもう何年も解放されています。

私のお気に入りは、サイプラス(Cyprus)というヒールの高いサンダルのシリーズ。クロックスの中では、最もヒールが高い部類に入ります。サイプラスは数年おきにデザインを変えながらリリースされているので、履き心地も少しずつ変わっています。

2012年に発売された「Cyprus 3.0」が特に好きで、今でも愛用しているのですが、すでに廃盤品のため、メルカリなどでしかもう見かけることができません。復活してほしいな。

クロックスの魅力

クロックスって、カラフルで穴のたくさん空いたカジュアルサンダルのイメージが強いと思いますが、そのバリエーションはとても豊富。トレンドを盛り込んだ、女性向けのおしゃれなサンダルも結構あるんです。いちユーザーとしてクロックス、特に愛用サンダル「サイプラス」の魅力を書いてみたいと思います。

あくまで個人の意見ですので、購入の前には試着されることをお勧めします。

長時間履いても疲れない

多くの方が、これを基準に靴を選ぶのではないかと思います。

もともと足幅が広く、外反母趾あり。そんな厄介な形状の足を、心地よく納めてくれる女性向けの靴を探すだけでも大変ですが、やっと見つかった靴も、長時間履いていると「痛い」のです。履き心地は良いけどヒールが高くて、購入を諦めてしまうことも多々ありました。

サイプラスのヒール高は、平均8〜9センチ。私にとっては高いほうですが、とにかく一日中履いても疲れにくい。特性樹脂「クロスライト」の弾力が、地面から跳ね返ってくる衝撃を吸収してくれるのでしょう。ゴム状なので、若干の伸縮性もあります。夏は通勤に履いて行き、そのままオフィスで一日中履いていることもあります。徒歩の多い旅行にも持参するほど気に入っています。

音が静か

サンダルやパンプルのヒールをカツカツ言わせて胸を張って歩くのも、たまには気持ちいいものです。しかし「うるさい」と感じてしまうときもあります。

ボディ全体がクロスライト樹脂で出来ているサイプラスで「うるさいな」と感じたことはありません。カツカツ音がする靴は、その音のぶんだけ足に負担が掛かっているわけですが、柔らかいクロックスだとその負担ははるかに低いと体感しています。

洗える

サンダルを履くのは夏、クロックスを履くのは夏!という人も多いと思います。外でゲリラ豪雨にあっても、お酒やアイスクリームが付いてしまっても、クロックスは水で洗えます。私はワンシーズンに数回、中性洗剤(台所用洗剤)をスポンジで泡立てて洗ってしまいます。なので汚れを気にせず使えるし、乾くのも早い。クロックスがアウトドアに使われるだけのことはありますね。

走れる

おしゃれなデザインのサンダルで、走れるものってなかなかありません。破損しないか心配になってしまうし、走れたところで、カツカツうるさい。

かたや、私はサイプラスを履いて、急ぐ時はガンガン走っています。階段も駆け上がります(笑)。全体が柔らかいので、青信号が点滅したときのように瞬発的な走り出しでも、足への負担が少ない。人類の足を地上の衝撃から救うクロスライト樹脂、名器だよ。

「走れるサンダル」というのは、雑誌にでてくるような「タイトなスケジュールをこなすバリキャリ」のためだけのコピーではありません。人が走るのは「逃げる」ときでもあります。

逃げる。危険人物や動物から逃げるかもしれないし、災害から身を守り、安全な場所に逃げることがあるかもしれない。実はこの「逃げられるサンダル」として活用した経験を伝えたくて、この記事を書きました。

「逃げられる」サンダル

クロックスを愛用するようになったのは、2011年の東日本大震災からです。それ以前にもオフィス用として使っていましたが、地震当日は都心にいたため、例にもれず帰宅難民に。結局、歩いて帰ることにしたのですが、自分の勤務先から自宅までは約30キロ。通勤で履いてきたパンプスでは、途中で足が疲れてしまうのは確実、体力も奪われてしまう。

この先また大きな余震があって、都心でも火災や津波に巻き込まれるかもしれない。大地震の直後で、どこで何が起こるかわからない状況だった当日、パンプスで帰ることに身の危険を直感したので、その時オフィスで履いていたクロックスをそのまま履いて帰ることにしました。

そのとき履いていたクロックスが「Women’s Crocs Karin Clog」というシリーズ。通称カリン。

道中、縁石や道路に座り込んでしまっているサラリーマンと思しき人たちを多数見かけました。彼らの履いていたのは、いずれも革靴やパンプス、ブーツなど。疲れ切っていて、本当に気の毒でした。

コンビニなどで何回か休憩を入れながら、帰路30キロを7時間半かけて無事に帰宅。足が痛くなったり、靴擦れを起こすこともなく、歩き続けることができたのです。それだけでなく、筋肉痛も全く出なかったという信じられないオマケもあったのですが、これがクロックスを履いたことによる効果なのかどうかは、わかりません。

自宅に辿り着き、地震で物が落ちて足の踏み場もなかった玄関でクロックスを脱いだとき、涙が出るほどありがたかったのを、今でも覚えています。

これ以降、クロックスを常備するようになりました。災害用として普段は使わずにしまい込むのではなく、日常的に使いながら、災害時にもそのまま活用する。履き慣れない靴は凶器になりますから。

防災の日。何から、見直す?

今日、サイプラスを洗浄していたら、Google Home が今日は9月1日と教えてくれました。奇しくも防災の日です。今年は、西日本の豪雨災害や大阪北部地震など、多くの自然災害がありました。「逃げ遅れて」怪我をしたり、犠牲になった方も多い。

どれだけ予測技術や通知手段が発達しても、早く逃げることができなければ助からないかもしれない。そんな時に、履き物の心配をしなくて済んだら、一目散に逃げることができ、助かるかもしれない。それは都会にいても同じです。そんな靴を、あなたは持っていますか?今すぐ履けますか?

一目散に逃げられる靴、あなたは持っていますか?

スニーカーでも良し、他メーカーの靴でも良し。要は、履きやすくて足に負担の少ない靴なら何でも良いと思います。東日本大震災は、多くの人にスニーカー通勤やバックパック通勤のきっかけを作った災害ともいえます。大きな災害は、人の装いや習慣を一気に変えてしまう力があることを、あらためて思い知らされました。

まとめ

クロックスのサイプラスを愛用しています、という記事にするはずが、なぜ何年も愛用しているのかを掘り下げてみたら「走れる・逃げられる靴だから」というものだったという話でした。

クロックスを連呼しているので、自分で書きながら「回し者っぽい」と思ってしまいました(笑)でも、それだけ愛用してきました。「逃げる」というとネガティブなイメージがあるけれど、逃げる対象が人間関係であっても津波であっても、あなたが生きのびるための手段であることに変わりはない。靴がその一役を担ってくれるなら、喜んで履き続けようではありませんか。

防災の日。避難グッズの一部として、自宅やオフィスで履いている靴も、見直してみてはいかがでしょう。

クロックスは「防災用品」として造られているものではないことをお断りしておきます。疲れにくい日常靴の選択肢として、おすすめです。