日々、コーチ仲間と鍛錬しています。

コーチングのプロ資格を取得してからも、コーチ仲間と定期的に、オンラインでコーチング・セッションの特訓をしています。

仲間とはオンラインで繋がっていますが、そこにいる全員が、有料クライアントを持つプロコーチ。

メンバーの活動形態も、働き方も多種多様、旅人もいます。プロコースの真っ最中というメンバーもいるので、コーチングのスキルだけでなく、フィードバックのレベルがとにかく高い。お互いのコーチングの品質を見直し、磨き直し、コーチとしての原点に戻れる貴重な、かつエネルギーの高い場です。

練習仲間を募って日にちが決まると、「あ、このテーマを次の練習で使おう」というものが日々、山ほど溜まっていって、消化が追いつかない(笑)

もちろん練習の目的は「コーチングスキルの特訓」なんですが、自分自身がモヤモヤ抱えていた課題が、その練習の場で誰かのコーチング一発で解決してしまう、という回も多々あり、一石十鳥くらいのありがたい場となっています。

もちろん「練習しよう!」というその一石を、自分から投じること(声をかけること)が第一歩です。GIVE FIRSTに似た考えかもしれません。「誰か開催してくれないかな〜」という姿勢で待っていては、スキルも上達しないですし、そんな「クレクレ」精神じゃコーチングどころか、人様のお話を聞くことなんて出来ないもん。

そして何より、コーチ仲間全員が、プロとしての守秘義務や倫理規定を体系的にしっかり学んだ者同士だから、練習の場とはいえ、とてもセンシティブな、プライベートなテーマを持ってきたとしても、安心安全の場を創り、仲間を信頼して、コーチングに臨むことができるのだと思います。

私はこの練習の場で、プロ資格受験に必要な規定時間の3倍くらい、仲間と切磋琢磨していた気がします(規定時間を突破しないと、受験も不可なので)。

時には号泣するほどの感情をあぶり出してくれた、素晴らしいコーチング(1回15分で!)になることもあったし、スキル以上に悩みや葛藤もたくさん共有し合い、通常は1時間半くらいで終わるところが、話が盛り上がって3時間以上(日付が変わっていたw)やっていたこともありました。まるで部活動の部室のような、そんなエネルギーのある場所ですね。

最近、再びこの場で、定期的に鍛錬していこうと決めました。

自分のスキルアップのためだけでなく、私がこの場で鍛えてもらったように、今の自分が持てるものをどんどん出して行こう、それを必要としている人が、もしかしたらいるかもしれないし、それこそ循環であり、出し惜しむ理由などない、と思ったからです。

 

あなたのコーチは、そのコーチングの品質を高め、コーチとして人として、日々自己を磨き、俯瞰し、鎮め、なおかつ鍛錬されていますか?

コーチ自身が、過去の自分を認めているか?

コンサルタント、コーチング、カウンセリングにつかうセールス・トークとして

『毎朝の通勤地獄、残業時間3ケタのダメサラリーマンだった僕が』
『つまらない仕事、パワハラ上司、女子会マウンティング三昧で、人生に何の希望も見出せなかった私』

などなど、ご本人の「過去のダメな自分」を引き合いに出して、

『今の私は過去の『ダメな私』からこんなに変わりましたよ!』

といった文章を、これでもかと沢山見かけます。

「これだけ変われた」という比較、つまりビフォーアフターを見せることは、何を売るにしても、商品の魅力を伝える上で大事なことですし、その商品を必要とする人たち、特に「変わりたい」と願っている人たちの心理に訴えかけるには、とても効果的です。これは悪いことでもなんでもありません。

 

しかし、時々感じるのが、
「変われた今の自分」を強調するあまり、
「過去のダメだった自分」を、あまりにもけなしている人がいる。
現代風に言うならば、ディスっている、と言いますか。

過去の自分のこと、自分の置かれた環境、
仕事、人間関係、家庭環境、親子関係など、
当時は本当に本当に本当に嫌で、苦しんで、もがいて、
変わりたくて、変えたくてたまらなくて、
もの凄い努力をされて、成果を出して、
そのノウハウを立派な商品にされてるのは
とても伝わってくるのですが、
「ここまで卑下するのは何故だろう?」と感じることがあります。
まぁ、セールストークという面で誇張が入っているのかもしれませんが。

 

講師業、コンサルタント、コーチ、カウンセラー、アドバイザー、セラピストなど、なんでもいいですが、ご自身のセールストークやブログで「過去のご自身の姿」に言及されたことのある皆さん!

そんな「ダメだった過去の自分」、今では愛せていますか?

特に強く疑問を感じるのは、
ブログやSNSなどのメディアで、「今の幸せな自分」を見せるのと同時に、事あるごとに、「過去のダメな自分」を引っ張り出しては叩く人。

「この幸せ、XX年前の私に見せてやりたい」とか、
「あの頃のダメ社員だった俺に比べたら」とか、
事あるごとに、過去の自分を卑下する人。
昔の自分が、今でもそんなに大嫌いなんですか。

過去の自分が許せない人が、
「今の自分は、これだけ成功しました!変われました!」
「未来は自分で作れます!変われます!」
と声高に言っていても、
この人、今の自分を本当に信頼出来てるのかな?と思ってしまう。

なぜなら、今どんなに劇的に変わったとしても、
「過去の自分がいた」という事実は変えられない。
結局、その事実から目を背けて、認めたくないだけなんです。

その過去の自分の良い部分も嫌だった部分も、白歴史も黒歴史も全て、その存在を丸ごと認めて、許して、愛してあげられないのなら、

過去の自分を否定しながら、殺し続けながら、その屍の上で「今の自分」を売り出しているのと同じこと。

そんな人から、サービスを受けたいですか?

 

Aさん「仕事も恋愛もダメ、会社や社会に文句ばかり言ってたダメサラリーマンだったけど、あの頃の自分があったから頑張れた。今では笑っちゃうくらいだけど、あの時は必死だったんだなぁw」

Bさん「昔の自分なんて思い出すのも嫌。馬鹿でしかない」

あなたがコーチングを受けるなら、AさんとBさん、どちらから受けたいですか?

 

これね、
「過去の自分を全てポジティブにとらえろ」
「ダメな自分を忘れろ」
ということではないんですよ。

思い出したくないこと、恥ずかしい経験、期待されながら失敗したこと、やりきれずに逃げ出してやめたこと。生きていれば、誰でも持っています。そんな自分を、今はどう感じていますか?今だに許せませんか?それはなぜですか?

 

「自分を変えたい、人生を変えたい」と思って自己投資している人は特に。

お金を払う前に、そのサービス提供者が「過去の自分をどう思っている人なのか」を、ブログやSNSの文面から見極めることをお勧めします。

私自身、受講への一つの判断材料にしています。

「帰省・実家・親・年末年始」とコーチング

2018年もあとわずか。いかがお過ごしですか。

 

さて、いきなりですが・・

ここでいくつかの言葉をどーんと出してみますね。

 

年末年始

帰省

実家

義両親

挨拶

義兄弟

お年玉

親不孝

お土産

地元

同級生

 

・・・

 

この言葉を聞いて、

今、あなたの中で何が起こりました?

どんな風景が出てきましたか?

誰の顔が、思い浮かびました?

何を言われていますか?

そこにいるあなたは、どんな顔をしているんだろう?

 

「毎年この時期になると、ちょっとなぁ・・」

「これ聞くと、毎年ちょっと憂鬱になるんだよな・・」

「考えただけで重くなる・・」

「なんかイライラしてきた・・」

 

こんな気持ちになったかもしれません。

そこでは、何が起こっているのでしょう。

 

いやいや、ただの感情でしょ。

みんな色々あるのは当たり前。

その感情をうまくコントロールするのが大人でしょ。

 

もちろん、ごもっとも。

ではその感情、本当はどうしたい?

「どうしたいだなんて、子供じゃあるまいし・・」

「みんなは」「普通は」「大人なら」「日本人なら」

いいから、そいつらをちょっと脇に置け。

 

たとえば、

「義実家に行くのが嫌だ」

というネガティブな気持ちになったとします。

ネガティブな気持ちを持つこと自体は、

決して悪いことではありませんし、罪悪感を感じる必要もありません。

「良い悪い」なんて、誰かが決めた単なるラベリング。

むしろそのネガティブにフタをして、

毎年毎年、やりすごしてきませんでしたか?

来年も、それやる?

 

ネガティブな感情の先には、

あなたの本当の願いが埋もれていることが多いんです。

「どうするか」よりも前にさ、

本当はどんな気持ちで、年末年始を過ごしたいですか?

 

わたしのコーチングでは、このようなテーマもしっかり向き合います。

12月になるとですね、年末年始が憂鬱・・という理由で、コーチングを選ばれる方がたくさんいらっしゃいます。

それでいいんですよ。

 

こんな憂鬱、なんとかしたい。

理由はわかっちゃいるけど、何かできるわけでもないし、いつも堂々巡りで・・

なんとかしたい!

なんなのか知りたい。

その気持ちが、出発点です。

 

いつもの年とは違う気持ちで、年末年始を迎えてみませんか?

 

まぁ、ちょっくら体験みるか、と言う方はこちらを読んでね。

心を整えたければ、体を大事にすること

私の好きな言葉の一つに、
仏教用語の「心身一如」があります。

からだとこころは一体であり、
切り離して考えることはできない、
という意味です。

体の調子が良くない、
食事が不規則だったり偏食だったり、
睡眠不足だったり、
いつもどこか疲れていそうな人が、
どれだけ素晴らしいコーチングや
カウンセリング、セラピーを受けて
「心を整えよう」としても、
その心を受け入れる「身体」を大事にしないかぎり、
コーチングの効果は半減してしまいます。

逆に考えれば、
コーチングと同時並行して、
せっかくだし体も大事にしよう、
早く寝よう、食習慣を見直そう、
などなど、
「体をいたわる」意識をもつだけでも、
コーチングを受ける効果はかなり変わってくるはずです。

心を整えたい、
メンタルを強くしたい、
仕事や人間関係のモヤモヤをなんとかしたい、という方は、ぜひご自身のからだにも目を向けてみてください。
食事は、睡眠は、十分にとれていますか?


これはコーチの側にも言えることでして、食事が乱れていたり、睡眠不足の状態では、コーチングの品質は確実に落ちますし、そんな状態でクライアントさんにお出しすることはできません。(どんなに誤魔化しても、クライアントさんに伝わりますから。)

私はコーチングをするようになってから、体調管理にはこれまで以上に敏感になり、行動もかなり意識して変えています。今も現在進行形で、試行錯誤しています。

理由はただ一つ、
せっかく来てくださったクライアントさんと、常に最高のコンディションで、コーチングをしたいと思っているからです。

自分の体のケアもできていないコーチやカウンセラーに、お金なんて払いたくないですよね。

食事や栄養面で、その道のプロに助言をもらいたい、というクライアントさんには、栄養学の専門家をご紹介することもあります。

行列の絶えないコーチやカウンセラー、セラピスト、講師業・・などの先輩方をみていますと、食べ物や睡眠、運動などに気を遣い、体のメンテナンスや休養にしっかりと投資されている方が圧倒的に多いです。

メンタルが非常に安定しているとお見受けする人をみると、やはり健康面に気をつけておられます。

心を整えたい、という願いがあるならば、ご自身の周りで、心が安定していそうな人、安定させるための方法を知っていそうな人を見つけて、その人の行動や食事、健康法を聞いたり、真似してみるのも良いですね。

亜鉛サプリの飲み方を間違えた!中毒症状の記録

亜鉛(Zn)のサプリメントを隔日で摂取しているのですが、あろうことか空腹時に飲むという大失態をやらかしました。どう大失態だったのかを、今後の再発防止策のために記録として残したいと思います。

尚、これは一個人の「誤飲」によるもので、サプリメントの商品自体に問題があることを示唆するものではありません。特定のメーカーの商品への誤解を避けるため、筆者が摂取したサプリメントのメーカー名は、公開しません。

当時のメモはリアルタイムで記録したもの。誤字脱字以外、そのまま載せています。まぁゲーゲーしながらよく書いたよ・・

亜鉛サプリ 空腹時に摂取した一部始終

2018年11月20日

7時40分頃

味噌汁に蒸し大豆、乾燥アオサ、白ねぎを入れて食べる

7時55分

亜鉛サプリ(1錠)摂取(他のサプリと併用)

8時30分頃

通勤中、会社まで小走りをしたあとの信号待ちで、生あくびが止まらず、胸の不快感、弱い吐気

9時過ぎ

吐気強まる、生あくび頻発、ボーっとする、手先のむくみ、思考速度が遅い、眼球の奥に不快感、口内が不味い(水を飲んでも治らず)

理性ではコーヒーを欲するが、体が全く欲していない状態のため中止。水を多めに摂るも、吐気が増す。深呼吸して何とか紛らわす。

9時30分

頭がゴワンゴワンする、頭痛、強い吐気、水が不味い。じっと座っていられない。

何とか手は動かして、単純作業から手をつける。数値の確認、作文作業など、集中力が必要なものは後回し。

PCのディスプレイが眩しく感じ、かなり暗くして作業(同僚がびっくりするほど)

こめかみをグリグリ押したくなる。

ろれつ、会話は問題なし。

悪寒、ほてりなし(検温はしていません)

9時45分頃

15分ほどの周期で、吐気が和らいだり、出たりを繰り返す、頭まだゴワンゴワン、思考速度が遅い、ぎゅっと力を入れて瞬きをしたくなる、眠気、生あくび

10時頃

吐気が徐々におさまる、同僚と談笑したことですっきり感(これが意外にも突破口!)、胃に若干のもたれ感、水が不味い

10時15分

吐気なし、胃のもたれ弱まる、たまに頭もうろう

10時30分

頭のもうろう、若干の頭痛がのこる、吐気なし、眠気あり

11時30分

眠気あり、集中力散漫

午前のタスク予定通り完了。少なめで良かった・・

12時00分

食欲減退、それでも食べる。味覚あり。嗜好に変化なし。コーヒー不味い。

所感

※ 薬学や生化学の知識がない前提で書いています。

  • 吐気のピークは8時半~10時。空腹状態だと、摂取後30分前後から急に中毒症状が出たということになります。
  • 頭痛のピークはそれより遅れて10時台でしたが、その後、結局13時くらいまで集中力散漫となり、ダラダラと生産性の低い状態が続きました。

急性中毒症状が胃から始まり、脳神経へと影響が移っていくのを体感しました。

午前中に会議やイベントがなくて幸いでした。

教訓!

亜鉛サプリは、十分な量の食物と共に摂取すること。具沢山とはいえ、味噌汁一杯では不十分でした。

空腹時、または食物が液体または半固体(ヨーグルトなど)だけの時は、絶対に摂取しないこと。

どのタイミング(時間帯)で飲むのが、自分の身体にとって最も適切なのかを調査中です。

これも個人差がありますし、私はその結論をめぐって公開の場で議論に耐えられるほどの専門的知識を持ちません。なので、結論が出たとしても公表するかは未定です。

亜鉛サプリに関しては知人数人から、やはり「空腹状態で摂取して中毒症状が出た」という話が出ました。

サプリメントの摂取量やタイミング、飲み方等については、そのメーカーの記載に従うべきであることは言うまでもありませんが、やはり「自己責任で口に入れるもの」という自覚をもって摂取すべきだと、あらためて感じる一件でした。

向き不向きなんて、やってみなければわからない

メーカーの製品サイトを担当して1年。

製品の良いところや特長、使い方を書くのは、専門知識がついてくることで、確かに「書きやすく」はなったけど、楽しいかどうかは、別です。キッパリ!

「できること」がかならずしも「やりたいこと」ではない好例となりました。

サクサクこなせるけど、ワクワクはしない。

なぜか。

私の場合、そこに「人」がいないからです。

何に光を当てたいのか

もちろん、私が常に意識しているのは、「製品を使う人のことを考えて書く」ということなので、書く視線の先にあるべきは、もちろん「人」。

メーカーとして蓄積したデータはありますから、こういう用途の人、こういう現場で使う人、こういう結果が欲しい人・・を何通りも想定して、「製品知識がまったくない、これから初めて使う人」になったつもりで、「たとえ小学生のユーザーであったとしても」わかるように書くことを意識しています。

でも、結局は「製品」が主人公のお話になるので、やはりモノについて書くのはあまり心躍らないんだ、とわかりました。

モノの生みの親である「作り手」にスポットを当てて書くのは好きです。

ただし、メーカーという立場で、製品サイトという場に出す以上、「ユーザーの欲しい情報」としてのニーズ度合いからすると、優先順位が下がってしまう。

重要なのは、私自身がそこまで、この製品に愛着があるかというと・・・ない(笑)これが結論のキモでしょうね。ここは、自分自身がその製品をどれだけ好きか、というところでも違ってくるのかもしれません。

 

やはり私は「人」について書くのが好きなのだとわかりました。

人の作る有形無形のサービスを紹介するのが好きなのも、作った人や、これから必要としている人のことを思い浮かべるのが好きだから。

きっと、人の描く未来が見たいんだと思います。

そこに「正しいかどうか」「現実的かどうか」「結果がでるのか」などの視点は、あまり意味をもちません。

作り手が、その製品やサービスにどんな未来を託したのか。

どんな未来を描く人に、その商品を届けたいのか。使ってほしいのか。

人から、人へ。そこに光を当てて、世に届けたいんだと思います。

モノについて書けるのは、自分が心躍るモノなら書けるかな、という感じです。

理屈ではなく体感覚で、好きと言えるか

こういう結論が「頭ではなく体感覚で」出せたのも、

苦手意識や経験不足、というバイアスをあえてかなぐり捨て、自分の手を動かして、まずはやってみたからこそ。

ある程度の時間と手間をかけてでも、その先に見つけることのできた、自分の特性です。

やはり「やってみないとわからない」というごくごく当たり前の結論。

 

これをすっ飛ばして「私にどんな適性があるのか、結果だけ先に教えてよ!」というニーズが席巻する今の世の中。

たとえ望みどおりに即、知れたとしても、中身が伴ってないことが多いんですよ。というか、中身がついてきていない感じになります。

まず、ハラ落ちしないよね。手も体も動かしていないから

結果だけ見て「確かに理屈に叶ってるし」と頭では理解したけど、

その結果に納得「しよう」としたり「じゃあ、これからどうしたらいいの?」という感じで迷子になっているのは、

「行動が伴っていないから」ではありませんか?

それ、実際にやってみましたか?

 

短期間でもいいから、まずは何でもやってみること。

好きか嫌いか、自分の向き不向きの結論を出すのは、それからでもいいんです。

「やりたいこと探し」の無限ループから抜け出したいときも、同じです。

とにかくまず手をつけてみる。初めてみる。見切り発車でもいいんですよ。

無駄になることなんて、何一つありません。

「まずはやってみる」。ごくごく当たり前のことですが、私自身が、このことの重大さを改めて体感しました。